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□永遠の愛
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永遠なんて胡散臭いもの

いらないよ

だって、ほら

きみはもう
ここにはいない


『永遠の愛』


今年の冬は、少しばかり長かったような気がする。
通り慣れた公園の木々が、ようやく寒々しい色から僅かに春めいた色に変わり始めた。
「あ〜、桜の蕾みっけ」
バーナビーは、虎徹の声で我に返る。
「ほら、見てみ。桜の枝の先。ふんわり桜色になってんだろ」
春が近いなあ、と呟く虎徹は、それこそふんわりと微笑んだ。
その笑顔に鼓動の音が大きくなる。
虎徹と出会うまでの自分は、季節など関係なく生きてきた。
世界の色はいつもモノクロだった。
だから、虎徹がいちいち季節を捉まえて言葉にしてくれる事が新鮮でたまらない。
今まで自分の両目は何を見ていたのだろうか、と思う。
「……ほんとだ…」
虎徹が指した桜の枝は、仄かに薄く色づいている。
「な?一昨日はまだこんなんじゃなかったのにな。こいつら、ずっと春に花を咲かせるために力溜めてんだぜ」
ここ数日の暖かな気温が、一気に彼らを目覚めさせたのだろうか。
来週か再来週には満開の桜を見る事が出来そうだ。
バーナビーが密やかに物思いに耽っている間にも、虎徹の視線は他へと移っていく。
「あっ!!これ、何だっけ」
木々の間に、さほど高くない花木が立っていた。
「えーと……」
虎徹は顎を右手の指先で撫でながら、顔をしかめた。
白い花らしきものが咲いているが、たいして見栄えのいい花ではない。
華のない花、とでもいおうか。
バーナビーはそう思いつつ、虎徹の顔を見ていた。
「猫又じゃなくて……あ…二股……いやいやそんなヤバイもんじゃなくて」
「………」
そんな名をつけられては花だってたまったものではない。
バーナビーはくすりと笑った。
「三椏だ」
『ネコマタ』と『ミツマタ』は初めて聞いた言葉だ。
後で調べてみなければ、とバーナビーは思う。
虎徹は時折、バーナビーが知らない言葉を口にする。
たいていは調べる価値があったかどうか甚だ疑問が残る結果になるが、知識が増える事は良い事だ。
「ミツマタ……?」
「そそ。三椏。いっとくが、同時に3人と浮気するって事じゃないからな」
「そんな事は分かってます」
虎徹が言うには、どうやらこの花木はかつて紙の原料として使われていたらしい。
「いいにおいがするんだよな、この花」
虎徹が白い花に鼻を近づける。
それに倣って、バーナビーも顔の近くにあった花の香りを嗅いだ。
形容しがたい香りだった。
掴まえたと思った瞬間には、もうそこには存在しないような淡いもの。
眉をひそめていると、虎徹がふと笑った。
いまここにいない『誰か』と会話をしているような表情。
その後すぐに、バーナビーが隣にいる事を思い出したような顔をして。
「ごめんな」
と虎徹の唇が動く。
こんな時、虎徹の心は『あのひと』の傍に行っている。
バーナビーは極力、心を落ち着けた。
そして虎徹の言葉を待つ。
虎徹の口から『あのひと』の事を聞くのは、嫌いではない。
ただ少し、心のどこかがちくりと痛むだけ。
「あいつが好きな花だった、これ。俺、花の名前とか覚えるの苦手でさあ」
『ミツマタ』『ミツマタ』と虎徹はまるで呪文のように、その花の名を呟いた。
だいたい虎徹は覚えるという行為自体が苦手だろうに、とバーナビーは思ったが、それは喉元に押し留めておく事にする。
こんな時は、虎徹の心にある言葉を全部吐き出させてしまったほうがいいのだと、バーナビーはもう解っていた。
「花言葉が、なんだったっけな。永遠の愛とか……肉親の絆とかなんとか」
「永遠……」
数秒の沈黙。
「あっ!!木蓮も咲きそう!!」
虎徹がはしゃいだ声を上げて歩き始めた。
「………ほんとですね」
彼の心の内にある言葉なら、全部聞きたいのだけれど。
バーナビーはゆっくりと瞬きをした。
桜も木蓮も、きちんと花の名を覚えているくせに。
何より友恵が好きだった花の名を、覚えられないはずがないのに。
「虎徹さん」
数歩後ろを歩きながら、バーナビーは小さく彼を呼んだ。
風にかき消されそうなその声を、虎徹はきちんと聞いている。
そして振り向いて、優しく微笑むのだ。
今感じた切なさを、言葉にする事など出来ない。
バーナビーは歩く速度を速めて虎徹に追いついた。
「虎徹さん」
「なんだよ」
「虎徹さん」
「ハイハイ」
「虎徹さん」
「バぁぁぁニぃぃぃぃちゃん」
真顔のバーナビーに対し、虎徹はどんどん笑顔になっていく。
この笑顔の下に、虎徹はどれだけの感情を隠しているのだろう。
バーナビーにはまだ、その全てを知る術がない。
いつか、見る事が出来るだろうか。
虎徹が信じる事をやめた『永遠』に触れる事はできるだろうか。
「おわっ!!バニー!!ヤバイ、遅れる!!」
「えっ!!」
唐突に前方に見える社屋に向かって走り始めた虎徹に、何だかうまく誤魔化された気がしたが。
午後の仕事の時間に遅れそうな事もまた事実だ。
バーナビーは虎徹を追い、走り始めた。

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