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□あいたい
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あなたに会いたいな、と思う。
でも理由が見つからなくて、いつも会いにいけない。
きっと、ひとこと『あいたい』と言えば、あなたは事も無げに笑って『OK』と言ってくれるだろうけれど。
それはわかっているのだけれど。
『仕事』だの『急用』だの、そんな大義名分がないと自分を動かせない。
そんな自分が大嫌い。


いつだったか、彼にそんな話を打ち明けた事があった。
彼は一瞬きょとんとした。
彼流に言うと『は?何いってんのお前』という感じ。


『いいんじゃね?理由なんか。別に俺は気にしない』
理由がなくても?
『会いたけりゃ、会いたいってそれだけで』
それは立派な理由になりますか?
『バニーちゃんて、ほんとメンドクサイのね、頭でっかち』
いえ、あなたより頭は小さいと思いますが?


彼は困ったように少し笑った。


『例えば、よ。朝焼けがすごく綺麗で、今日はいい事ありそう、とか』
あなた、朝焼けの時間になんて目を覚ましていないでしょう。
僕はあまり空を見上げませんし。
『あ〜、何か夏が終わりそうな風が吹いてるな〜、とか』
風、ですか。
髪が乱れるからあまり好きじゃないです。
でも、つまりあなたはそんな些細な事が嬉しくて、そんな些細な事で僕に連絡してくるんですね。
覚えておきます。


彼は更に困ったように少し笑った。


『やだー。もうバニーちゃんメンドクサイ』
………嫌いですか、僕のこと。
『メンドクサすぎるの一周してかわいくて仕方ない』
あなたが僕に対して言うかわいいは、褒め言葉じゃないのは最近分かりました。
『バニー』
僕はハグなんかじゃ誤魔化されませんよ。
『いいんだよ、理由なんかいらねえよ。心配すんな』
心配なんか、してませんし。
『……会いたい、じゃ理由にならないのか?』
そんなの理由になるんですか?
『なるさ。立派な理由だろ』
そう、ですか。



僕は携帯の画面を睨むように眺めている。
眺め始めてもう十数分は経過したかも知れない。
だから突然、それが鳴り始めた時、僕は死ぬほど驚いた。
彼からの着信。
心臓は喧しく音を立てていたけれど、咳払いひとつで僕は平静を取り戻す。
「はい」
「バニーっ!!!」
危機感を煽るような叫び声に、僕は取り戻した平静を再び投げ捨てた。
「どうしたんですか、虎徹さん!」
沈黙が数秒。
沈黙は嫌い。
必死で研ぎ澄ませた聴覚に、彼の溜息。
「夕焼け。すげーぞ、今日の」
言われて、僕は窓の外に目を向ける。
赤い、夕焼け。
綺麗。
他にそれを形容する言葉を、僕は知らない。
「………本当だ。あなた、空ばかり見上げてるからよく躓くんですね」
「……っだー!!かわいくねえっ!かわいくねえな!!」
あなたが僕に対して言うかわいくない、は。
褒め言葉ですよね。
「かわいくなくて結構です」
「あ、そ」
本当、可愛げはないですね。
自覚してますから謝りませんよ。
「……虎徹さん」
「んあぁ?」
あなたいま、欠伸しましたね。
退屈ですか?僕は。
「……会いたいんです。今すぐに」
沈黙が数秒。
沈黙は嫌い。
必死で研ぎ澄ませた聴覚に、彼の溜息。
「俺も」



そうか、あなたも。
僕に会う理由が欲しかったんだ。


だから。
些細な事が嬉しくて、それを僕に教えてくれるんですね。

ありがとう、虎徹さん。
あなたに、会いたい。

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