夢見処


□夏の夜はとてもずるい
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「エイプリル、お願いがあるの。」

「どうしたの?深刻な顔して。」

「私、任期終わっちゃって近々帰るの。」

「え?」

「最後に彼らともちゃんとお別れしたくて。」

「あ、うん・・・そうね、そうだよね。」

私はエイプリルに耳打ちする。

「名無しのごんた、それ本気なの?」

「本気だよ。」

「なら、協力するわ。」

〜夏の夜はとてもずるい〜

名無しのごんたが帰国する前日。

名無しのごんたの希望通り、エイプリルが全てを取りまとめ、盛大なお別れ会を開いてくれた。

みんなと一緒にピザを食べて
ドナテロの運転する車で、夜のネオン街を走り回った。
名無しのごんたの唇は絶えず言葉を紡ぎ
物語の終わりを感じさせない。

ラファエロはそんな彼女をずっと見つめていた。出来るだけ相手の視界にいたくて
名無しのごんたの隣には座らなかった。

ラファエロはずっと名無しのごんた事が好きだった。
でも、そんな素振りは少しも見せない。

名無しのごんたが初めて彼らと会ったのはもうずっと前の事。
バーで知り合い意気投合したとエイプリルが
酔っ払った状態で名無しのごんたを下水道に連れて来たのが始まりだった。

エイプリルは1人で酒を飲んでいる彼女の事が、大分前から気になっていたらしい。
思い切って声をかけたら、たどたどしい発音で返されて、名無しのごんたは英語があまり話せないことを知った。
仕事でこっちに飛ばされたが、読み書きは出来ても、肝心の話すというスキルが彼女には足りなかったのだ。
そんな状態じゃ、友人が出来るはずもなく
話さない事で、さらに彼女の英語スキルは伸びずにいた。
何とかしてあげたい。
エイプリルも案外世話焼きだ。
ここに彼女を連れてくれば、少しは状況が変わるかもしれないと思ったのだろう。

頭の良いドナテロもいるし
人懐っこいミケランジェロもいる
悪い事を許さないレオナルドもいて
誰よりも家族思いのラファエロもいた
名無しのごんたが1人でも来れるように
最初のほうだけエイプリルは何度も彼らの元へ彼女を連れて来た。
ドナテロの指導もあって、名無しのごんたは話す事への劣等感が無くなり、今では冗談まで言えるようになった。
そして、ラファエロは彼女にせがまれ編み物を教えた。
不器用な彼女はいつも一生懸命が空回りで
一度も綺麗に編めた事がない。
それでも、頻繁にラファエロに会いに来た。
怒られても、けなされても
いつも、ラファエロの隣に居たがった。
いつの間にか、そんな名無しのごんたの存在が
当たり前の様になって、ラファエロの心に巣くってしまっていた。
何時かは、居なくなる人だとすっかり忘れてしまうほどに。

苦手だった英語を饒舌に話す名無しのごんたを見つめながら、ラファエロは目頭を押える。

「さぁ、最終目的地に着いたわよ。」

沈んだ心に、エイプリルの声が響いて
ラファエロはこみ上げる感情を再び飲み込んだ。

最終地点は、人通りの無い高架下。
事前に幽霊話をネットで拡散し、誰も近付かない様に細工までしたのは
名無しのごんたが花火をみんなでやりたいといったからだった。

少し大きめの焚き火をして
その火を火種にしながら、花火を始めた。
だが、その輪からいつの間にか名無しのごんたが居なくなっていた。
ラファエロはすぐに彼女の姿を見つけだし、ゆっくりと近づいていく。

「ラファエロ・・・。」

名無しのごんたがラファエロの名前を口にする。
何も答えずに、自分の隣に並ぶ相手を見ながらボソッとつぶやいた。

「向こう、行かないの?」

「そっちこそ、何で行かねーんだよ。お前が花火やりたかったんだろ。」

名無しのごんたからは何の返答も帰ってこなかった。
ラファエロはチラッと横を向き、彼女の横顔を見つめた。
漆黒の瞳に、オレンジの光が綺麗に映える。
ラファエロの鼓動が早まった。

いつか居なくなる人。

手を伸ばせば届く距離なのに
それが出来なくて、ラファエロは腕を組んだ。

少し離れた場所からは、相変わらず楽しそうに花火をしているみんなの声だけが聞こえてくる。
夏のじっとりした空気と火薬の匂い。
うまく、息が出来なくて、ラファエロは大きく息を吐き出す。

本当は、伝えたい事があるのに
何一つ音になっちゃくれない。

あんなにいつも隣に居たのに
こんなに心が揺れるのは初めてで
ラファエロは何度も隣にいる彼女を見つめては
むなしく空気だけ飲み込んだ。

この女が好きだ。

名無しのごんたは決して美人ではない。
スタイルだって取り分けて良い訳じゃない。
エイプリルの隣に並べば差は歴然だ。
なのに、それなのに・・・。

焚き火の揺らめく炎に照らされる名無しのごんたの横顔が、ラファエロには最高に綺麗に思えた。

ずっと、ここで彼女を見ていたい。
それが出来ないことも分かっている。
ラファエロはぎゅっと拳を握ると、まとわりつくよう空気を食んで唇を動かす。

「名無しのごんた!!ラファエロ!!二人とも何してんの?花火なくなっちゃうよ!」

ラファエロのなけなしの勇気を踏みにじるようにミケランジェロが叫んだ。
ラファエロの半開きの唇は、火薬の煙だけを食んで唇を閉じた。

喉が焼けるような気がした。

「みんな、呼んでるね?」

名無しのごんたの言葉に、ラファエロは相手の方に顔を向ける。
相変わらず、名無しのごんたの視線は真っ直ぐみんなのほうを向いていた。

「呼んでんだろ、行かなくていいのかよ?」

チラッと、その言葉に名無しのごんたが振り向いた。そして、また真っ直ぐ前を向いてしまう。
瞬間その身体が前に動く。

『行くな!行くんじゃねぇ!まだ俺の隣に居てくれ・・・。』

強く想うほど、言葉は音にならなくて、口の中で消えていく。

『行く・・・なよ。』

自分から離れていく名無しのごんたの姿を視界に入れるのが恐ろしく、ラファエロは下を向いた。
砂利を踏みしめる音が、空しく響く。
そして、頭上から響く凛とした声。

「・・・ずっと、好きだったんだよ。」

突然の名無しのごんたの言葉にラファエロはぐっと顔を上げ、目の前にいつの間にか立っていた相手を見つめる。

「おま、え・・・今、なん・・・て。」

「ずっと、ずっと好きだったんだよ!らふぁ・・・っ!」

名無しのごんたの言葉を遮る様に勢い任せに抱きしめ、その唇を塞いだ。
好きだといってくれた、彼女の言葉を自分の中に取り込むかのよう。
一つも零さない様に・・・。
不器用な口付けに、離した後の唇がじんじんと熱を放つ。

「俺だって、俺だってずっとお前の事、名無しのごんたの事が・・・好きだったんだぞ!!」

「ラファ・・・。」

ラファエロは、ぼろぼろと涙を流す彼女の身体をふわりと持ち上げる。

自分の気持ちが、漸く届いた。

「・・・お前だけだ、こんな風に思えたの。」

「私だって、そうだよ・・・。ラファエロ全然気付いてくれないから、もう片思いで終わりだとおもってたんだから。」

「・・・悪かったな、意気地が無くて・・・。」

「知ってた。知ってて好きになったの・・・。」

名無しのごんたの掌がラファエロの頬を柔らかく包み、今度は名無しのごんたの方から優しくその唇に触れる。

「あぁぁぁぁ!!名無しのごんたとラファエロがアダルトな事してる!!」

背後で叫ぶミケランジェロの言葉に、雰囲気は台無しだ。
名残惜しくも唇を離し、名無しのごんたの身体をゆっくり地面へ下ろす。

「ったく、うるせぇな!!しかたねぇ、行くんだろ向こう。」

「もちろん、行くよ。だって、私ラファエロと二人きりになりたくて、こんな事したんだから?」

悪戯に笑う名無しのごんた。

ラファエロは訝しげな顔をするだけで
全くその言葉の真意が分からなかった。

ふふっと、笑いながら名無しのごんたはみんなの方へと消えていってしまった。

翌日、名無しのごんたは帰国せずいつものように
ガイズの住処へとやってきた。
そしてエイプリルにより全てのネタがばれされた。
お別れ会自体が、俺と名無しのごんたをくっつける為の会で、帰国話も嘘だった。
何時までも告白しない、じれったい関係に回りもモヤモヤしていたみたいで、皆が名無しのごんたの作戦に乗っかったらしい。

真剣に悩んだ俺のあの時間を返して欲しい。
っとは、絶対にいえないラファエロだった。

「っち、しょうがねー奴だな・・・。」

ぐいっと名無しのごんたの身体を抱き寄せ、皆の前で堂々と口づけする。
本当は誰よりもこの時が来るのを夢見ていたのだから。
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