GS:葉月/姫条/他

□Sleeping Beauty ?
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 病気だって聞いて、心配したんだ。
 本当に。
 春霞はいつも無理をしているように見えるから。

 春霞の弟が通してくれた部屋は、なんだかお前らしくて。
 視線を移していくと、ベッドから見覚えのある髪色が覗いてて。
 近づくと、眠り姫の春霞がいた。

 汗で乱れた髪や、熱で赤く上気した頬が、いつにない色気を見せていて。
 掛け物を掛けなおしてやりながら、眠りつづける俺の、俺だけの姫を心底愛しく想った。

「はづき……クン?」

 潤む瞳が開いて、虚ろに俺を見やった。
 春霞は無意識に微笑んで、幸せそうにまた眠りについた。
 呼び方が初めて会ったときのように戻っているのは、その頃を夢に見ていたということなのか。
 あの、再会した小さな教会の夢を。

「葉月」

 乱暴に開けられたドアに、慌てて俺は振り返った。
 両手いっぱいにモノを持っている状態じゃ仕方ないのだろうが、病人のいる部屋を蹴り開けることはないだろう。

「しっ」
「わりっ……んじゃさぁ、ねえちゃんのタオル替えといてくんねぇ?」

 俺の返答を待たずに、透明な水を湛えた容器を押し付けて、ドアが静かに閉まった。
 お前の弟、イイ根性をしている。

 起こさないようにそっとタオルを退けると、春霞は微かに身じろぎした。
 取り除いたタオルが考えていたよりも熱くて、水に浸けるとひんやりとした氷が寄ってくる。
 それを2、3個タオルにくるんで一度絞り、氷だけを水に戻す。
 そうして、氷の冷たさだけがタオルに残った。

 春霞の額の汗ばんだ髪を避けるとき、軽く触れた手がすごく高い熱を伝えてくる。

「……気持ちイイ〜……」

 聞こえた声に驚いて、手を引くと、やっぱり春霞は寝たままで。

「起こした、か……?」

 問いかけには静かな寝息しか聞こえてこなかった。
 俺がタオルを乗せてやると、春霞は陽だまりの猫みたいだ。
 あの体育館裏の仔猫みたいだ……。

 風邪は他人に移すと早く直ると云う話が頭を過った。
 お前の知らない間に、俺がその風邪、もらってもいいか?
 マネージャーは怒るかもしれないけど、春霞が苦しんでいるのをこれ以上見るくらいなら……。

 起こさないように息を止めて、春霞にゆっくりと顔を寄せる。
 その口唇に触れるか触れないかの位置で、携帯が鳴った。
 音を切り忘れていた自分の携帯電話の着信音に驚いて、俺は急いで部屋を出た。

「……は、い」

 声が上ずらないように、努めていつもの調子で電話に出る。
 誰だろう。

「今日、仕事があること、わかってるのかしら?」

 マネージャーだ。
 あ、仕事……今日、撮影だった。

「あ、はい」
「ならいいわ。
 いつものスタジオに皆集まってるから。
 急いでね」

 用件だけいうと、勝手に切られてしまった。
 まだもう少しここにいたい気持ちが半分。
 頼まれた仕事を放り出した場合のスタッフに対しての謝罪が半分。
 ……「いつものこと」で片付けられるか。
 でも、電話出たから準備、してるだろうな。

「仕事?」
「あぁ。
 でも……」
「でも?」

 いつのまにか、傍らに春霞の弟がいた。
 目元なんかは春霞に似てるけど、性格は正反対みたいだ。
 彼は猫みたいに目を細くして笑った。

「ま、終わってから、また来いよ」

 春霞と同じ、すべて見透かしたような瞳で云われると、なんでか逆らえない。
 追い出されるように仕事にいったけど、上の空がバレて、少し、休憩をもらった。
 そうして、その足で撮影現場を飛び出して、俺は春霞の元へと急いでいた。



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