GS:葉月/姫条/他
□たなばたさらさら
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たなばた さ〜らさら……
風の音が耳に心地良くて、さらさらと流れる音を聞きながら、ふと出て来た歌は少し妙だった。
(たなばたは……さらさらいわないよねぇ?)
声に出そうとして、口を噤む。
話しかけたい人は、今そばにいない。
どうして急にこんな歌が出て来たんだろう。
聞いたのはずいぶん昔だった。
と、思う。
ちょっと自信ない。
手元の色紙を見つめ、昼の空に翳すと太陽が黄色く輝いた。
真四角で、折り目も切れ目も入っていない色紙は、光を遮ったはずなのに眩しい。
――撮影、がんばってるかな。
少し遠くに追いやって、充電中の携帯電話に視線を走らせたものの、すぐにまた外へと視線を戻す。
いけないいけない。
仕事中にかけたら、邪魔になっちゃう。
わかってるから、遠くに置いたんだから、ね?
「メールぐらい、くれてもいいのにね」
小さく吐き出したはずのため息が耳に響いて驚いた。
「さ〜さ〜のは」
色紙を返して、半分に折り目をつける。
「さ〜らさら」
開いて、端を折り目にそって三角に折る。
「の〜き〜ば〜に」
――――――。
視線が何度も携帯電話と往復する。
来ないとはわかってるけど、期待するぐらいイイよね。
立ち上がると、膝の上から作りかけの七夕飾りの欠片がパラパラ落ちる。
赤色、橙色、黄色に、緑色、青色に、藍色に、菫色に、虹を切り取って写し取った色紙がパラパラと床に散らばる。
電話越しの声に、少し涙ぐむ。
昨日も逢ってるのに、懐かしくなって、逢いに行きたくなる。
「……どうした?」
「ううん。
撮影、順調?」
「……あぁ。
そうだな」
「なら、よかった」
「……?」
「ごめん。
本当に何でもないの」
「……本当か?」
優しい、声は、心に響く。
珪は多く語らない代りに、心で話しかけてくる。
その優しい心にずっと助けられてる。
「うん!」
電話越しでもわかるのは、納得できないって顔してるってこと。
「心配しすぎだよ、珪君」
でもほら、話しているだけで心がほわほわ温かくなってくる。
珪の持ってる魔法にかけられてゆく。
「今日は七夕なんだよ。
知ってる?」
「………………」
「年に一度の逢瀬に雨が降らないといいよねぇ」
「……織姫」
「ふふっ、やっぱり知ってるんだ」
「年に一度でなく、毎日逢いたいだろうな……」
「うん……」
好きな人とは毎日だって逢いたい。
その気持ち、私だってわかる。
現に逢いたい人は電話の向こうで、決して近くはない場所にいる。
風が吹きこんできて、色紙を巻き上げ、視界が鮮やかになる。
鮮やかさの向こうに、逢いたい人を思い浮かべる。
――毎日、逢いたい。
そんな我侭さえ、いつのまにか言えなくなっていた。
だって、珪の枷になりたいわけじゃないもの。
隣で胸を張って立っていたいから。
「……俺も」
電話の向こうの声、その向こうに音が聞える。
ラジオの音かCDの音かTVの音か。
「……毎日……会いに行……」
雨の音に似た通信妨害のざーっという流れに、書き消された音は何だったのだろう。
「え、なに?
珪?
珪……?」
どうしてか途切れてしまった携帯電話を睨みつけても、それは何もしゃべらない。
こういうときは謝罪の言葉でのしゃべってくれれば良いのに。
「何も珪の電話の時に途切れなくてもいいじゃない。
妬いてるの?」
そんなわけはない。
物言わぬ携帯電話と睨めっこした結果、根負けした私はそれをベッドに放り投げた。
なんだか壁にぶつかったような気がしないでもないけど、ここは気にしないでおく。
気を取りなおしてから、部屋を見まわし、私は大きくため息をついたのだった。
色紙が散らばっているのは綺麗だけど、ものには限度ってものがあると思い知らされた。
* * *