GS:葉月/姫条/他

□Key-R1
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 夕闇に反応して、公園のライトが淡い光を放った。
 ベンチに座るのは、制服姿の一組の男女。

「……ホンマ、夢見たいや」

 しみじみと男の方が呟いて、闇のカーテンが降りはじめた空を見上げる。

「ゆうてみるもんやな〜」

 二人はたっぷり遊んだ後で、この公園に寄り道していた。
 子供たちが帰った後の公園はなんとなく淋しげで。
 そのブランコに二人は並んで座っていた。

「夢じゃないよ、ニィやん」

 呼ばれなれた呼び名に、姫条はまいったなぁと頭を抱えた。
 浮かんでくるのはにやついた笑いだけだというのに。

「あー……なぁ、それ、やめへんか。
 自分」
「それって?」
「それは、その、なぁ、あんたは……」

 言いかけたまま、止まってしまった言葉を、春霞はじっと待っている。
 大きな瞳が自分を、自分だけを見つめているのがなんだか気恥ずかしくて、姫条は顔を上げることもできない。

「ニィやんってば、何?」

 軽い暖かな笑いを含んだ声。
 とても敵いそうにない。

「……さ」
「さ?」
「……3度目は堪忍や……」

 顔を上げなくてもわかる。
 春霞は絶対に気がついていない。
 1度目はすでに学園演劇で。
 押さえきれずにマジでやってしまった。
 2度目は今日の卒業式の後、教会で。
 勇気の甲斐あって、春霞を手に入れた。

「こうゆーんは苦手やゆーたやろ……」
「こーゆー……?」

 ものすごく鈍い春霞は気がついていない。
 姫条が今までどれだけ焦っていたかも。
 この橙色の闇に紛れて、どれだけ姫条が照れているのかも。

 言わなければ伝わらないことが多すぎて、もどかしくなることも多い。
 でも、それでも春霞は姫条に必要だった。
 遠回りしてやっと話せるようになった父親、与えられる愛情の深さに気づけなかった自分。
 独りでいることの淋しさも、守りたいという心もすべて春霞に教えられた。

 コドモだった自分を成長させてくれたのは春霞だけだった。

「……ニィやん?」
「つまりな、あんたに俺……」

 決心して伝えようとしたところで、別の声が遮った。

「ねぇちゃん!?」

 公園の入口から駆けてくる小学生に、姫条は見覚えがある。
 はばたき市のあちこちでよく見かける小学生だ。

「尽、あんた、こんな時間まで何してるの?」
「やだなー、カノジョを送ってきただけだよ。
 基本だろー。
 そーゆーねぇちゃんこそ姫条とこんなとこで何してんの?」

 にやついた笑いの問いに、二人は顔を見合わせた。

「こ、これは、あのね……」
「まぁ、ねぇちゃんが男に送ってもらうのなんて今更だしね〜」
「尽!」
「先帰ってるから、ねぇちゃんはゆっくりしてきな〜♪」

 完全に姿が見えなくなるまで、春霞はコブシを握り締めて仁王立ちをしていた。
 その後姿が笑いを誘う。

「……ごめんね、変な弟で」
「かまへんよ。
 コドモはキライやないしな」

 さっき、帰るときの目は姫条に対する宣戦布告だった。
 いー根性の子供(ガキ)や。

「……あの、さっき何て……?」
「もうえーわ。
 遅うなるし、送ったる」

 公園を出るその後姿が、名残惜しく思えて。
 春霞は姫条の制服の袖を引いた。

「…………きだよ……まどか……」
「なんや?」
「なんでもない♪」

 滑り込ませた手に、ささやかな告白はかき消えた。



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