GS:葉月/姫条/他

□ゼロ・カウント
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 私には少し気になる人がいる。
 親友にも相談できないそいつと、今少し距離を置いている。
 正確には、私が一方的に避けている。
 理由は誰にも話せない。

「葉月クン、昼だよ?」

 後ろの席のやたら目立つ頭をコツンと叩くと、彼はかなりの時間を要して状況を把握しようとしていた。

「……東雲、か」

 学校じゃ1位常連組の葉月珪は、成績なんかとは関係なく鈍い方だろう。
 ほうっておくとずっと寝てるんじゃないだろうか。

「……昼?」
「そうだって言ってるでしょ」

 眠そうな目が少し大きく開かれて、エメラルドが光を吸い込み、キラキラを輝く。
 水に沈めたビー玉みたいに揺らめいている。

「はい、さっさと行こう。
 おなか空いてるんだから!」

 すでに用意してあったお弁当その他の包みを持って、私は先に教室のドアから廊下をうかがった。
 右を見ても左を見ても、昼時ともあって人通りは多いが、あいつは来ていない。

「よし!」

 歩き出そうとした私の肩を大きな手が掴んだ。

「今のうちよ!」

 その手を引っ張って、出て来たのは別な人で。

「何が今のうちやて?」

 聞きなれた関西弁に振りかえることもできずに、石みたいに体が動かなくて、冷たい物が背中を滑り落ちる。
 よく考えると、葉月の手はもっと柔らかくてこんなにごつごつしてないとか、起きてすぐにシャキシャキ動ける人じゃないとは知っていたはずだけど、私はたった今までそれをすっかり忘れていた。

「ちょぉ、話あるんやけど。
 春霞?」

 声はいつものやさしさの欠片もなくて、こちらから外しかけた手は反対にしっかりと掴まれて、踊るように方向転換。
 目の前に見なれているはずの浅黒い顔が迫って、息もできない。
 ドアは開いていてすぐそこなのに、私は壁と彼に挟まれて身動きが取れない。
 久しぶりに見る顔はものすごく怒っていて、視線だけで追い詰められる。

「私は、ない」

 やっと紡いだ言葉に、その目尻が釣り上がる。
 顔が整っている分、なお恐い。
 でも、引けない。
 私も姫条も。

 息が、できない。
 私たちの回りだけ、音が全部取り去られたみたいに時間が止められたようになっていて苦しい。
 掴まれた手が、痛い。
 いつも以上に細められた視線が痛い。

「悪いが、こういうんはよう好かん。
 つきおうてもらうで」

 一瞬柔らかくなった顔が真面目になって、さらに距離を縮めてくる。
 何をする気かわからないのが余計に恐くて、瞑っちゃダメだと思っても目は完全に世界を拒絶する。

 わからないよ。
 わからないの。
 私はこいつの親友だ。
 でも、この気持ちは本当に友情なのか。
 他のなんて感情なのか知らない。

 ただ一緒にいて楽しいし面白いし笑っていられるし、なによりココロが安らぐ。
 なのに、この間こいつが他の女の子と笑ってるのみたら、なんかイヤな気分だった。
 そこは私の場所だって、叫びたくなった。
 実際は、走り去るコトしかできなかったけど。

 身体が締め付けられる苦しさと浮遊感で、私は目を開けようとした。

「や―――ッ」
「姫条くんが女の子抱いてる―ッ」

 黄色い奇声とも悲鳴ともつかない声で開いた目には、制服の濃紺しか映らない。
 しっかりと抱きかかえられて、私は姫条の腕の中で彼の淡いムスクの香りに包まれていた。

「ま、まどか!?」
「黙っとき」

 女の子たちの視線が、声が痛いんですけど。
 身体全体が揺れ、空気が変わる。
 小さな箱みたいな空間から抜けると、また違うざわめきに包まれる。

「な、何してんだ。
 姫条?」

 この声は鈴鹿かな。
 動揺した声を隠しもしないところが彼らしい。

「こいつ、貧血で倒れてん。
 今から屋上に連れてくところや」
「は?
 屋上?」

 聞き返したいのは私も同じだ。
 誰が何時、貧血になるっての。
 健康には人一倍気を使ってるんだから。

「なんで保健室じゃねぇの?」
「知らんのか?
 こいつ、薬嫌いなんや」

 それは素直に認めよう。
 薬飲みたくないから、病気にならないようにしているんだし。

「でも一応、保健の先生に……」

 そのあとに聞こえた声は、聞いたコトもない強い意思を秘めていた。
 反論は許さないという無言の威圧が私にもわかる。
 直接それを向けられた鈴鹿は黙って道を譲ったに違いない。



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