GS:氷室/マスター

□賭けの理由
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 こんなはずじゃなかった。

「きゃー!!」

 暗闇に加えて、目の前に感じる何かの気配に私はぎゅっと目を閉じていた。

「東雲、どこへ行く」
「わかりません〜」

 目を閉じたまま、手探りで進みながら、何かに触れて怯えて、また下がって。
 それでも音は聞こえるから、やっぱり怖くて。

 でも、零一さんには絶対、しがみついたりしない。
 それで、絶対呼んでもらうの……私の名前を。



*



 今日は楽しい嬉しい零一さんとの社会見学……もといデートのハズだった。
 遊園地で零一さんをメリーゴーランドに乗せてみようと思っていた(きっと嫌がるだろうけど、それが見たい乙女心)。

 なのに、待ち合わせしたバス停前には彼の幼なじみのマスターさんがいて、知らない女の人まで一緒にいた。
 零一さんは私が来たのに気づかないくらい、楽しそうだった。

「レイ!
 カノジョ来たわよっ」

 どうしてかわからないけど、その女の人が私を最初に見つけた。
 キレイな人。
 お化粧も上手で、センスの良い上等な服を着こなし、手足も細い。
 お姉さんって感じで、すごくカッコイイ。
 それに、零一さんを「レイ」って親しげに呼んでる。

「や、やめなさいっ。
 東雲、すまない。
 こいつが……」

 指しているのはマスターさんだけど、零一さん、いつもと様子が違う。
 何が違うとかはっきりとはわからないけど、絶対に、変。

「こいつが、Wデートを……」

 いいながら、微かに頬が染まる。
 目が逸らされて、照れているのはわかるけど、なんだかムカムカする。

 零一さんは最近、スーツをデートに来てこなくなった。
 私が生徒じゃなくなったから。
 でも、私服でもやっぱり「先生」って空気は消えなくて、たまたま遭った奈津実がすごい逃げ腰で。
 そして、マスターさんも今日は私服だ。
 けっこう何を着ても似合うんだ、やっぱり。
 何を着ても「先生」な零一さんとは大違い。

「こいつは俺のガールフレンドだから、気にしないでね。
 春霞ちゃん」
「たくさんいる中の一人、よね」
「ははは、わーかってるぅ」

 拗ねた顔で彼女はマスターさんを睨みつけていた。
 あ、ホントにマスターさんのこと、好きなんだ。
 でも、たくさんの中のひとりって、なんか可哀想かも。

「東雲?
 やはり、イヤか?」

 二人に見とれていて、零一さんが私の顔を覗きこんでいるのに気づかなかった。
 なんか、子供扱いされている感じがする。
 きょうはいつも以上に大人で、零一さんが遠い。

「こいつらは放っておいてもいいんだぞ?」

 いつもより気安く話す言葉は、もっと私を惨めにさせる。

「そんなこと、言っちゃダメです。
 お友達でしょ、せんせぇ、の」

 いつも通りに、しゃべれたと思う。
 でも一瞬、零一さんの顔が哀しそうに歪む。

「じゃぁ、決まり!いってみよーか、お化け屋敷!!」

 私たちの間に流れる空気を吹き飛ばすように、明るくマスターさんが宣言した。

「は、へ!?
 お、お化け屋敷!???」

 お化け屋敷には、ちょっとトラウマがあるんですけど。

「零一から春霞ちゃんが苦手だって聞いてねぇ〜、克服につきあってやろうかと思って♪」

 そんなことまで言ったんですか、零一さん。
 と睨みつけると、視線を外された。

「うんうん。
 レイもね、密かな野望が……」
「やめないか、二人とも。
 誰も東雲に克服させることなんか頼んでないぞ」

 彼女の言葉が途中で、零一さんの声にかき消されたけど、野望ってなんだろう。
 そんな素振りなんて全然なかったし、わかんない。
 わかんないから、考えない。

「克服って、私、別に怖くなんか……っ」

 それ以上に子供扱いされるのがイヤでイヤで、強がりを言った。
 でも、マスターさんと目が合ってしまった。
 この人の瞳は、優しいのに時々鋭くなる。

「怖くないんなら、別にいいんじゃない?」

 笑顔で零一さんに問いかけて、彼が困るのを楽しんでいる。
 そうしたい気持ちもわからないでもない。
 現にそのつもりで遊園地に連れてって、頼んだから。

「まぁ、俺が好きなだけだから。
 ちょっと付き合ってよ♪」
「抱きつかれたいだけじゃないの〜?」
「ふふっ、抱きつきたいのかもよ?」

 目の前の二人は本当に恋人同士みたいでお似合いだけど、私と零一さんは先生と保護者にしかみえないままなのかな。

「ねぇ春霞ちゃん」
「はい」




「賭けをしないかい?」




 この一言が、全ての始まりだった。



* * *
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