GS:氷室/マスター

□Party Party !!
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 軽やかな音と共に踏み入れた店内は、ほどよいあたたかさに包まれていた。
 いつも通りの温かさにどこか安心する。

「いらっしゃい、春霞ちゃん」
「こんばんわ、マスターさん」

 入口でコートの雪を払っていると、店主の方から寄ってくる。

「やっぱり、雪降ってきたんだ?」
「ええ。
 積もりそうですよ」

 コートを脱ぐのを手伝ってくれたあと、いつもの席を案内してくれる。
 店内はクリスマス色に装飾され、いつもよりも華やかだ。
 壁に柊の碧と色々の電飾、ピアノの上とカウンターのポインセチアの赤。

 今日はバー「Cantaloupe」でのささやかなクリスマスパーティーなのである。

「お客さん、来るでしょうか?」
「零一目当てで来ると思うよ」
「そうですねー」

 目の前に静かにカクテルが置かれる。

 暖かな湯気の上る黄色の……カクテル?

「これ、ホットオレンジとかって落ちはないですよね?」
「飲んでみたら?」

 促されるままに口をつける。
 雪で冷えた身体中にほどよい温かさが広がる。
 この味は、知ってる。

「ホット・エッグ・ノッグ。
 けっこう有名なクリスマスカクテルだよ。
 春霞ちゃん用でちょっとお酒は少なめだけど」
「え、ミルキーじゃないんですか?」

 一瞬カウンターの中で固まって、次に店主は吹き出した。
 理由がわからない私はもうどうしていいやら。

 とりあえず、もう一口飲んでカクテルを味わう。
 お酒が少し入ってるせいなのだろう。
 指先まで温かくなってくる。

 カラン、とまた店のドアが開いて来店。

「いらっしゃ……くっくっくっ……」
「早いな、春霞」

 笑い通しの店主を一瞥して、零一さんは私の隣に座る。

「何飲んでるんだ?」
「ミルキー」

 こっちも吹き出した……。

 でも、恋人になってからも先生もとい零一さんがここまで顔を崩すのは見たことがない。
 これもクリスマスの魔法だろうか。

「し、失礼」
「別にいいですよー、零一さん」

 私がそっぽを向いている間に、零一さんは店主に正しい解答を聞いて、眉を顰めた。
 またか、といった感じだ。

「普通の半分しか酒は入ってないし、大丈夫だろ」
「お前、こいつの酒の弱さを知っててやってるのか?」
「要は慣れよ、慣れ」

 ここに来る度に少量ずつお酒に慣らされているのは、実は知っている。

「お前はこっち、だろ?」

 零一さんの前にもまたオレンジ色のカクテルが置かれる。
 私のと違い、湯気は出ていないが。

 それを零一さんは一口飲んで、イヤイヤながら頷く。

「美味いな」

 とてもイヤそうに。

「じゃ、今年も頼むぞ」

 零一さんの飲んだのはなんのカクテルだろう?

 興味深々な私に店主がウインクする。

「ブロンクスっていってね。
 ちょっと零一みたいに難しいカクテルなんだ」

 昔からの約束で、クリスマスにこれが成功するとピアノを弾く約束になっているのだという。

「向こうでもこの時期はいやというほど作らされたよ。
 すっごい人気の高いカクテルでさ。
 しかも……」
「少しピアノ借りるぞ」

 調律しにいっただろう零一さんに聞こえないように、店主は耳打ちした。

「俺のいた店のオーナーが作るよりもうまいって評判たっちゃってさ!」

 つまり、賭けはもともと店主が勝つようにできている、と。
 さすがというかなんというか。



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