GS:氷室/マスター
□Smiling for ME
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――好きな人がいる。
残酷な言葉やと思った。
俺はただ彼女の姿を探していただけで、断じてこんな場面が見たかったわけでも、こんな言葉が聞きたかったわけでもない。
ただ、探していただけや。
「好きなやつ、おるんか」
屋上の強い風に今にも折れてしまいそうな春霞の隣に立って、せめてもの風除けとなる。
吹き付けてこない風と突然の気配に驚いて振り返った彼女の顔は、涙で濡れていた。
これがなんとも思ってない女なら、別にいつものことかとか思うけど。
「聞いてたの……?」
掠れる声は空気のほうが多く、見開く瞳を二度三度と瞬きして、腕で拭う。
「聞こえたんや」
聞きたくなんて、なかった。
俺は少なくともとか自惚れていたけど、そんなもんは跡形もなく消し飛んだ。
泣きたいのは俺のほうや。
――彼は……優しい人だよ。
すごく不器用で、優しい人。
それから――
「フったんは自分やろ。
なんで、そないに泣いてるん?」
引き寄せられん手を強く握る。
俺に春霞を抱きしめる権利なんてない。
「どうして、私みたいの好きになるかな。
こーゆうのは苦手なんだけどな」
「ウソつけ」
「ひっどぉ……っ」
泣き笑いみたいに泣きながら、空を仰いでフェンスに立つ。
痛いくらいの青空を見上げたまま、その体が後ろへと仰け反る。
「お……春霞!?」
ふわりと手が離されるのを見た瞬間、急いでその体を抱きとめた。
否、滑り込みセーフ。
「なにしとんの」
「別に、よかったのに」
支えなくてもよかったのに。
そういって、へらりと微笑む姿がどこか痛々しい。
一年の頃はそうでもなかった。
2年になって文化祭を過ぎた辺りから急に彼女に告白する輩が増えている。
そして、それを断るたびに春霞はこういった自棄を起こす行動をとる。
止める相手がいなかったらおそらくいつ大怪我していても不思議ではない。
「なにを……」
「私みたいな最低なやつ、少しくらい怪我したほうがいいんだよ」
好意を寄せてくれるのはうれしい。
でも、だからこそ軽い気持ちで付き合いたくないという。
俺とは大違いや。
一時でもぬくもりが欲しいと思って過ごす相手は多かった。
それがどれだけ意味のないことかと思い知ったのは、春霞を好きになってからや。
おかげで俺も最近はずいぶん寂しい夜を過ごしとる。
「だから、毎度のことにそない自棄になるなや。
そう思うんなら断らなええやん」
「そんなことできないよ。
好きでもない人となんて」
「付き合ってから好きになることもある」
「そんな保証はないじゃない」
真面目過ぎるほどの真面目。
生真面目と一言でいってしまえばいいが、もう少し楽な生き方もあるだろうに敢えて辛い方をとる。
とても不器用な様子は、もうひとり知ってる。
知りたくて知ったわけやない。
のらりくらりと立ち上がり、壁際に座りこむ。
その隣に俺も並ぶ。
「好きになってからやないと付き合ったらあかんの?」
「そうとは限らないけど……」
歯切れの悪い返答は風に運ばれて消えてゆく。
こんな天気には似合わない会話やと少し思った。
「好きなやつおるみたいやし、仕方ないか」
視線を外していてもわかる。
痛いくらいにわかる。
好きな女の視線が誰を追うかなんて、わかる。
ただ今まで気にしないようにしてきただけや。
「相手は手強いやろ」
「……うん」
「恋愛なんかさっぱりわからん超鈍感やしな」
「……うん」
「でも、嫌われてるふうやないやろ」
「……わかんないよ、そんなの」
いや、わかる。
「そういえば、まどかに私の好きな人の話なんて、したっけ?」
やっと気がついた彼女に顔を見られないように、頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫でる。
青空なんて見上げすぎてると感傷的になってあかんわ。
「あほ。
いわれんでもわかるわ」
「え!?
ちょっとなんでもいいけど、ぐしゃぐしゃにしないでよ!!」
必死に動かそうとする手は小さくて白くて、少し冷たい。
風に少しさらされすぎたせいなのか。
手の冷たい人は心が温かいという。
すこし、納得した。
今は関係ないか。
「それより、今日はバイトあるんやなかったか?」
「え、なんで知ってるの?」
「藤井に聞いた」
「ええ!?」