GS:氷室/マスター
□H2O
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納得?――納得。
しないと収まらないよ。
しても収まらないけど。
「全員揃ったな?」
塀の影に入っても、先生の頭一つ分だけ飛び出ていて、明るい日光が流れる銀髪を細く白く艶めかせる。
僅かに影を作る顔から、その表情を読むことは極めて困難だ。
いつもと変わらない長身の影は揺らぐことなく、姿勢良く電柱みたいに私達の前に立っている。
失礼?そんなこと、今はどうだっていい。
「なぁ〜まだ出発しねぇの?」
揺らぐことのない眉根が不機嫌に寄せられて、小皺がまた一つ増える。
「勝手について来たのはお前だろう。
課外授業を受ける気がないのなら、さっさと帰れ!」
肩に腕を掛けて寄りかかっていた人物は、常人なら飛びのいてしまうその明かな怒声に怯えることなく、動じることもない。
流石、伊達に先生と付き合ってきていない。
影に重なる髪は少し濃い目だけど、私達の中にいるとかなり軽め。
先生と並ぶと少し浅黒く見える肌。
夏の太陽を閉じ込めた僅かに茶色く翳る瞳は、悪戯な子供の目をしている。
「はいはい。
じゃ、春霞ちゃん、先に俺と中入ってよっか」
「なぜそうなる……」
ヒラヒラと振られた手に、あたしは思いっきりそっぽを向いた。
もとはといえば、この人が元凶が。
今日はライバル。
「零一が春霞ちゃんと社会見学なんて言うから、てっきりデートかと思ったよ」
私からすれば、今日はそのハズだったんだけどね。
「待ち合わせは新はばたき駅だ、なんていうし。
そろそろ零一の好きなバンドが来る頃だからさ」
「……バンドではなく、交響楽団だ」
疲れたような声が届いてくる。
その中にかすかな気安さを認めて、普段なら笑うところを顔をしかめて。
他の生徒の影に隠れた。
小柄な私が隠れると、大抵見つからない。
でも、相手が先生となると別。
あの長身からはどこも隠れる場所がない。
そして、それはどうやら彼にも共通することらしく。
「では出発する」
大柄な男子生徒の影に隠れていた私の肩を店主が叩いた。
「やっと出発だとさ。
行こうか」
引き寄せられる肩を振り切って、少し前を歩いた。
今日はいつも一緒にいる友人達がいない。
それが少しツライ。
先生が素っ気無いのもツライ。
課外授業はその他大勢に自分が分類されてしまうようで、怖い。
「これから館内を巡回してもらうが……おい、義人」
「は〜い?
なんですかね、零一先生?」
あ。
また皺が増えた。
「お前はこっちに来い」
「なんで」
「……困っているからだ」
「誰が?」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら、肩に掛けられる手の甲を抓って外し、私は先生の後ろにつく。
視界に入りにくい真後ろに。
「〜〜〜いいから来い」
飄々と私の隣に来る店主。
今日は何がなんでも私たちの邪魔をする気に違いない。
「館内を巡回してもらう前に、諸君の観察ポイントを発表して……」
「春霞ちゃん、タコ!すっげー大きいタコいるよ!?」
意識が反れたと思ったら、隣の水槽に吸い寄せられる店主に引き寄せられて、私も碧い水の中を強制的に見せられている。
そんなタコよりも、ガラスに薄く映る先生の顔が不機嫌になる様が何よりも怖い。
肩に置かれる店主の手が、重い鎖みたいだ。
「次に行くぞ」
素っ気無い言葉が、背後を通り過ぎ、私は店主と取り残される。
「あら?怒っちゃったかな?」
抜け出そうとしたけど、肩を抱く手は離れない。
「マスターさん、離してください」
ガラスの面に映る店主は顔色も変えず、やっぱり離してくれない。
「で、零一と本当に付き合ってないの?」
ぴたり。
とガラスの中の店主を見る。
私は、顔色を変えないように気づかれないように話す。
「先生から聞いているんでしょう?」
「付き合ってない、と言われたけどね」
へぇ〜。
親友にも話さないんだ、先生。
それは、警戒心が強いというよりも隠しておきたいって恥かしさか。
それとも、私があんまり子供だから?大人じゃないから?
「……そうですか。
じゃぁそーなんでしょうね」
胸のあたりがムカムカする。
この目の前のタコでも食ってやろうかしら。
* * *