GS:氷室/マスター

□mozart's kiss
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 未来はいつだって決まってるものだから、もしもなんて話をしてもなんの意味もない。

「絶対的確率からして、私と君の生きる時間が重なることは少ない」
「は?」

 思わず、大口を開けて聞き返す私に果たして非があっただろうか。
 いや、ないと反語で自答してみる。

 いつもどおり、零一さんの幼馴染みの店で二人で待ち合わせて、しばらくしてからのことだった。

 大学生活も残り少なくなり、成長した私と零一さんの身長差は少し縮まったけど、もともとが規格外な先生の身長に並べるはずもなく、踵の高いヒールで底上げして、やっと肩の位置だ。
 それも座ってしまえばわずかに縮むのだけど。

「高校からずっと重なりっぱなしですよ。
 何いってんですか」

 揺らしたグラスがからりと透明な音を奏でる。
 中身は琥珀色で通してみると世界が淡い思い出となる。
 零一さんといられるだけで嬉しいから、それでもいいかなとも、思う。

「………………」

 黙りこんでしまった零一さんは、拗ねたように視線を逸らす。
 そうするとなんだかとても年上とは思えなくて、思わず笑ってしまう。

「なんだ?」
「いーえ」

 顔を上げたその天青色と視線が合う。
 教卓ではずっと厳しいけど、こうして二人でいると嘘みたいに柔らかい不思議な瞳。

 その瞳に映るのが私だけならいいのにと思うことがある。

 怖いけど、生徒思いな先生を好きになったから、全部、受け止めようと思う。

 意識しなくても顔全体の筋肉が勝手に綻んで、笑みがこぼれる。

「就職は決まったか?」

 うわ。
 ちょっと、直球できますか。

「……マスターさん、今日は忙しそうですねー」

 店内を見まわすと、弱い橙灯で照らされる薄ぼんやりとした幻想的な中、私たちと少し離れた場所で一人でカウンターに座る女性と話す姿が見える。

 パンツスーツのオフィスレディというか、ちょっと見ただけでももてそうな感じで、横顔だけでもかなりの美人。

 あんな風になりたいなと、漠然と考える。

 彼女にはなれない。
 私は私だから、それ以外には絶対なれない。
 でも、近いところまでいけたらいいな。
 そうしたら、きっともっと零一さんとつりあうのに。

 二人で歩いてても、ちゃんと恋人に見えるのに。

 彼女と目が合う。

 鳶色の優しい光がそのまま微笑む。

「春霞」

 マスターさんに何か耳打ちして、楽しそうに頷く姿は、ちょっと子供っぽくて、でも可愛い感じがした。
 美人で可愛いなんて、すごいな。

「春霞、話を逸らすんじゃない」
「そらしてるのは零一さんのほうです」

 わざと視線をはずしたまま返す。
 それに対しての深い深いため息が聞こえる。

 重なり合う時間が少ないのなんて、とっくに知ってた。

 それでもいいから一緒に「今」を生きたいと思ってるのに、なんで、今更確認するみたいに言うの。

 学生時代の零一さんを知ってるマスターさんとか、たまに嫉妬してる私を知らないでしょ。

 どうしてもっと早く生まれて来なかったんだろうって、何度も後悔した。

 どうしてもっと早く出会わなかったんだろうって、何を恨みたくなった。

「君に……」

 予感がして振り返ると、間近に眼が。
 合って。

 時間が。
 とまっ………………



*



 コトリ、と。



 音がした。



*
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