GS:氷室/マスター

□Unknown Face
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 よく晴れた平日の昼間、俺は外へ出かける。
 遊びに行くというと、語弊があるかもしれない。
 そうそう毎日遊ぶ友人がいるというわけでもない。
 ただ、仕事が夜中心であるのも相俟って、俺は昼間によく眠る。
 昼の光の下だとよく眠れない人の方が多いらしいが、俺は闇の中で静かに眠るよりも光の中で温かさを感じる方を好む。

 学生時代もよく眠れなくて、夜中に友人宅へ押しかけては遊び倒した。
 ほとんど眠らずに学校へ行き、授業中に机に突っ伏して眠る。
 それはとても幸福でかけがえの無い時間だ。
 何物にも代えられない時間だ。

 店の近所の公園のいつものベンチに座って、一本だけタバコを点ける。
 軽く吸って、ふっと吐き出す紫煙の向こうにはいつも、小学校へ上がる前の子供やそれを見守る親たち、散歩に来た年寄が集う。

 俺には縁の無い、穏やかで、温かい世界がある。

 そこにあるのはいつも同じでなく、いつも違う事が起きる。

「へぇ〜」

 道の向こうにソレを見つけて、いつにもまして俺は驚いた。

(珍しい……)

 心から喜んで、また紫煙を吐き出す。

 何が珍しいって、まず俺の友人がここを通ること自体が珍しい。
 あいつはイマドキ貴重なくらい真面目な教師で、休日を返上してまで課外授業やらなにやら行っている。
 だからまず、ここにくるワケがない。

 でも、あんな目立つ長身と髪を俺が見間違えるハズがない。
 職業柄、一度会った人間の顔も名前も忘れないし、あいつとは一度や二度の仲じゃない。

 腐れ縁といったところか。
 小学校から、今までずっと続いてる友達はあいつぐらいしかいない。

 いつも眉間に皺を寄せ、気難しい顔で難しいことを考えて、何にでも理由をつけようとする。
 笑うことが滅多に無く、相好が崩れるのはピアノの前と酒のまわった時。
 他の時は俺もない。
 疲れないかと聞いたら、本人に自覚は無いときている。

 うちの客連中にも、あのピアノの前でだけ見せる笑顔は好評なんだけどな。
 ただ座って酒を飲んでいるとあまりに笑わなすぎて、いつか笑い方を忘れるんじゃないかと心配していた。

 まぁ大声で馬鹿笑いした日には、天変地異でも起こりかねないけど。

 目の前を歩く男は別人ではないかと、一瞬疑う。
 そこにいるのは、あの貴重な笑顔を大安売りしている友人、氷室零一だ。
 しかも、驚くほどに優しい顔で一緒にいる相手を見つめ、少年のように頬を染めている。

 そうさせているのは、十六歳ぐらいの零一の教える高校生ぐらいの少女で、隣りで一生懸命長身の零一に話しかけている。
 何故かスーツ姿の彼とは不似合いに可愛らしい格好である。
 揺れるピンクブラウンの髪を肩より少し上できちんと切りそろえ、背筋をピンと張っている姿は年以上にしっかりとした印象を与える。
 ここからだと、彼女が向こうを向いていて顔まで確認できないのが残念だか、ちょこまかしていて小動物を連想させる。

 いるだけで空気を柔らかく、朗らかなモノに変えてしまう。
 そんな気がした。

「よかったな、零一」

 タバコを灰皿に押しつけて消し、俺はベンチに横になった。
 見ている方は変えずに。

 不器用な友人がこれから先もひとりでいるのかとおもうと、少し不安だった。
 俺は別に世渡り上手だし、どこでも誰とでもやっていけるからいい。
 だか、あいつは不器用で、自分の気持ちにさえ気づけないような男だ。
 だから、それを支える人間が必要だ。

 今、一緒にいた相手がそうなるだろう。
 そのときは、心から祝福してやろう。



――あの様子じゃ、次に店に来たあたりで勝手に話すだろう。
 その時、俺は今日のことをどう切り出してやろう。



 そんなことを考えながら、俺は陽だまりの中に意識を溶かしていく。



――さぁ。
 この小さな愉しみをどう料理しようか。



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