GS2&4:読切
□スィートフレグランス
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放課後の教室で、実君と他愛もない話をする時間が好き。
他の友人たちはバイトやら、調査やらで忙しいし、実君も忙しいけど、よく私に付き合ってくれる。
「実君て、ちょっと甘そうだよね」
「はい?」
なんとなく口をついてしまった本音に、彼が驚いて、こちらを凝視する。眼鏡をかけていても整った容貌はどうしたって隠し切れない。それでも、本人に言わないのは皆の優しさだと思う。そもそも同学年に花椿ツインズが正体を隠しもせずに通っている時点で、暗黙の了解ってやつなんだろう。過去にはあの葉月珪も普通に通えていたそうだし。そういうことに無神経な人は受からないのかもしれない。
「なめたら甘そう」
目を細めて、笑うと、飽きれたように彼も笑った。
「なんだそれ。…なめてみる?」
冗談だろうとわかっている風に差し出された指の長い大きな手。指先もきちんと整えられていて、すごくきれい。うん、おいしそうかも。
顔を寄せて、軽くなめてみると、ちゃんと人間の味だった。
「ん…、甘くないね」
がたりと椅子の音を立てて、手をひっこめた実君はわかりやすく狼狽えていて、可愛い。
「ばっ…!?」
「おかしいな。こんなに甘そうな匂いなのに」
「あ、あんたなぁ…っ」
首をかしげていると、急に手を取られた。
「え?」
「甘いのはあんたの方だろ。いつも美味そうな匂いさせてるし」
「え?」
「俺も味見」
つかまれた手に顔を寄せられ、手首に湿った生暖かい感触。実君が触れていると思うと、カッと体中の血が沸騰した気がした。
「…甘…」
「う、うそ…あ…」
手のひらをちろりと舐められ、指先に触れたのが分かった。
「甘いよ。あんた、どこも甘い」
「っ…だ…だめ…っ」
振りほどこうとしてもびくともしない。でも、痛いわけじゃない絶妙な力加減の拘束と動揺で逃げられない。指の間をぬるりと舐められ、堪えるように目を閉じた。
「ったく」
手を離され、ゆっくりと目を開けると、困った顔で苦く笑う実君がいた。
「不用意なこと、しないの。俺じゃなきゃ、大変なことになってるからな?」
ぽんぽん、と頭を柔らかくたたかれ、次いでさらりと撫でてゆくさりげない仕草にドキドキしてしまう。
ーー好き、だなぁ。
口には出せないけど、実君になら何をされてもいいと思っていること、きっと知らないんだろうな。
「さ、そろそろ帰るか」
立ち上がった実君に慌てて、私も立ち上がる。
「あ、待って」
「ん?」
机から取り出した包みのラッピングとリボンをさっと直して、差し出す。
「え?」
「えと、大したものじゃないんだけど、その…受け取って」
ぐっとお腹に押し付けるように渡して、身長の高い彼を見上げた。
「誕生日、おめでとう」
ぱちぱちと数度瞬きした彼は、じわじわとくる嬉しさに口元を緩ませて、微笑んだ。
「サンキュ。忘れてるかと思った」
「忘れるわけ、ないよ。その、みんなの前だと恥ずかしい、から」
「あ、ああ」
ラッピングを片手で受け取った彼にホッとしていると、何かに気づいたようにこちらを見下ろした実君が、身をかがめて私の肩に頭をのせる。
「あんたと同じ匂いってことは、最近作ってた?」
図星な指摘に体を強張らせていると、肩口でくつくつと笑っているのが分かった。
「道理で、最近あんたから美味そうな匂いがすると思った」
ばれてしまっていたのかと内心で肩を落としていると、彼は長く息を吐いた。
「あー……、だめだ、我慢とか無理」
彼の長い腕が私の背中に回され、強く抱きしめられる。実君の甘い香りに頭がくらくらする。
「やば、うれしすぎて、どうにかなりそう。俺をこんなに喜ばせて、あんた、どうしたいわけ?」
「み、実君」
「可愛すぎて、無理。しばらくこうさせて」
「ーーーーーーうん」
甘い甘い実君の香りに包まれたまま、私はそっと目を閉じた。