RingRingRing!
□2#朝食を食べる
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そんなことを思い返すアタシの目の前で、急にぱちんと手が打ち鳴らされて、びっくりした。
驚いた拍子に怒りも霧散してしまい、アタシはそれをしたニンゲンを振り返る。
しょーじろーはいつもとおんなじ顔で笑ってて、じゃあご飯にしましょうねとアタシの肩を押して、洗面所を後にさせた。
その力は当たり前だけどアタシより強くて、肩を抑える手を振り解くことはできないことはないかもしれないけれど、いつもと同じで少しだけ違うと主張する空気が、アタシを留める。
「しょーじろー、怒ってる。
なんで?」
返答は無くて、アタシは強制的に食堂のドアの前に立たされた。
後ろから丸いドアノブを回すために伸ばされたしょーじろーの腕をじっと見つめ、ニンゲンの手で開かれたドアが開く前にアタシはくるりと振り返る。
「しょーじろー」
なんでとかわからない。
だけど、そうしたいと思ったから、そうしなきゃいけないと思ったから。
両手を高く伸ばして、飛びつくようにしょーじろーに抱き着く。
しょーじろーは少し驚いたみたいで、ドクドクと触れた場所から脈うつ音が聞こえた気がした。
その服から、淡く百合の花の香りが鼻先に広がる。
「一(はじめ)は特別だから比べられない。
だけど、アタシはしょーじろーも大好きだからね」
ニンゲンにしてくれて有難うと何度口にしても伝わらないし、この魔法使いはいつも困ったように笑うだけだ。
どうしたらこの気持ちを伝えられるかとタマさんに聞いたら、ニンゲンは「好き」と伝えるのがいいらしい。
ただの好きじゃあ、この気持ちは伝わらないと思ったから。
「大々大好きだよっ」
首に回した腕の力をぎゅっと強めて、精一杯の気持ちを集めて言うと、しょーじろーも抱きしめ返してくれた。
「急にどうしましたか、トラちゃん」
あやすようにアタシの背中を叩きながら、アタシを抱いたまま歩きだしたしょーじろーは、普通にドアノブを回して食堂に入り、テーブルの前でアタシを降ろす。
寸前に垣間見たしょーじろーはとても淋しい顔で笑ってて、アタシはきゅうと心臓を掴まれたみたいな気分でひどく泣きたくなって、ぎゅっと両目を閉じてしまった。
理由とかわかんないけど、とにかく泣きたくて、でも泣いちゃいけないってことだけはわかっていたんだけど、どうしたらいいかわからなくて。
少しの間の後、上から呆れまじりのため息が降って、前髪に大きな優しい手が触れた。
少しだけ引き寄せられて、少しだけ前髪にしょーじろーのため息みたいなのがかかる。
迷いの含まれた吐息を感じて、だけど擦り寄って拒絶されるのが怖くて、アタシは動けなかった。
たぶんきっとしょーじろーはアタシを拒絶なんかしない。
そう、わかっていても時々アタシをひどく不安になるんだ。
「あんまりゆっくりしていると遅刻しますよ」
止まっていた時間は唐突に動き出す。
ぺしりと額を叩かれたアタシが、ぎゃっ、と叫んで目を開く。
しょーじろーは既にアタシの前にはいなくて、アタシの席の椅子を引いてて、やっぱり変わらない細目の笑顔で笑ってる。
いつも笑っているニンゲンが本当に心から笑ってるわけじゃないって、教えてくれたのは誰だっただろうか。
一(はじめ)の友達だったような気がするけど、ネコの時の記憶はニンゲンの勉強をしているうちに一(はじめ)のこと以外薄れてしまって、よくわからない。
「ごはんにしましょう、トラちゃん」
ふうわりと優しく微笑むしょーじろーにやっぱりアタシは泣きたくなって。
でも、たぶんきっとアタシにはしょーじろーの笑顔を返ることは出来ないから、しょーじろーが引いてくれた椅子に後足を揃えて座り、食卓へ目を向けることにした。
二人では広すぎる部屋の中央に置かれた六人用の大きな木製のテーブルの一番端で、アタシの向かいにしょーじろーも席に着く。
テーブルと同じ木の椅子に座るとアタシの胸よりすこし高い位置にあるテーブルの上には既に朝食の準備が終わっている。
アタシの目の前には幼稚な鳥がラクガキされた皿が置かれ、香ばしい匂いのロールパンが二つ、アタシに食べられるのを待ち侘びているようだ。
皿の右側には窓からのお日様の光を反射して、ぴかぴかっと光るフォークがあって、左側には皿と同じラクガキの描かれた真白いカップがある。
カップの中には、同色の真白い液体が半分ぐらい注がれている。
向かいに座るしょーじろーの前にも同じものがあって、アタシたちの間、テーブルの真ん中に一際大きな皿がある。
そこには洗い立ての雫をかすかに残す薄碧の葉っぱが敷かれ、一際美味しい薫りを放つ鳥の唐揚げが小さな山みたいに乗っていて、アタシに食べられるのを待ちかねたみたいにひとつ転げた。
じるり。
それを見ていたアタシの口いっぱいに唾が広がり、溢れる。