RingRingRing!

□4#行ってきます
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 アタシはドアまで駆け寄って、ドアノブを回して、力をこめて引っぱる。
 うんしょっと重い木製のドアを小さな軋みをあげて開きながら、廊下の暗がりへと声をかける。

「しょーじろー」

 廊下は暗くて、食堂の扉より奥は真っ暗で何も見えない。

「しょーじろー、一緒に行くって言ったよ。
 学校、一緒に行くって言ったよ」

 今朝起きた時、確かにしょーじろーはアタシにそう言った。
 これからもずっとかはわからないけど、「今日」は一緒に行くって言ったのだ。

「だから、しょーじろー、」

 しょーじろーは時々ウソツキだから。
 アタシの不安な声は廊下の奥に吸い込まれ、帰って来ない。
 それがそのまましょーじろーの答えみたいで、アタシはすごく怖くなった。

 一(はじめ)がいたとしても、しょーじろーがいなくちゃだめなのに。
 アタシひとりじゃ、ダメなのに。

 そりゃ、一(はじめ)のムジツをショウメイするのは、アタシひとりでやらなきゃいけないことだとわかってる。
 でも、一(はじめ)を助けることが出来たとしても、しょーじろーがいなくなっちゃうなんてのはダメだ。
 どっちかなんて、アタシには選べない。

「しょーじろー、行こうっ」

 叫ぶアタシの声には泣きたい気持ちが混じっていて、つられて視界が歪む。

「しょーじろーってばっ」

 後ろから大きな影がアタシにかかる。
 それがタローちゃんとわかっているから、アタシは振り返らない。

「しょーじろーも一緒じゃなきゃ、やだっ!」

 強く拳を叩きつけた廊下は大きな音がして、叩きつけた前足は痛くて。

「トラ坊」
「イヤっ!」

 宥める声を振り払い、しっかりと暗い廊下の奥を見つめる。
 ネコのアタシなら見えたはずの、その奥を見つめて、しょーじろーの姿を探る。
 当然だけど、そこには闇ばかりが広がっていて、今ニンゲンのアタシには存在を感じることも出来ない。

「っ…やだぁ、しょーじろぉ…っ」
「あんま我侭いってやるな、トラ坊。
 キヌさんだって事情が、」

 頭に置かれる手を払いのけ、振り返って、タローちゃんを下から睨みつける。
 だって、と開きかけた口は、すごく困った様子のタローちゃんを前に言葉をなくす。

 本当は、我侭だってわかってる。
 あれだって、たぶんアタシに準備させるために言った嘘で、本当は…もうこの家に帰ってこられないこともアタシは予感してたんだ。

 アタシだって、一(はじめ)がしょーじろーたちを、教師を嫌っていることぐらいわかってる。
 あのときの怒りがどの方向を向いていたかぐらい、わかってる。
 しょーじろーと一緒にいたら、一(はじめ)といられなくなることだって、わかってる。

 でも、どれだけ頭で納得しようとしてもこれは無理だ。
 だって、アタシはしょーじろーも一(はじめ)も選べないぐらい好きなんだもん。

「…しょーじろー…」

 暗がりに最後の声をかける。
 これで答えが無かったら、アタシは。

ーーアタシは、どうしたらいいの。

 項垂れたアタシの耳に、ドアが静かに開く音が届いた。
 少しだけ伺い見て、すぐにアタシは顔を上げる。

「まったく、困った子猫ちゃんですね」

 しょーじろーが食堂から出て、ドアをパタンと音を立ててしめる。
 閉めたドアに左手をついたまま、しょーじろーはアタシを見ない。
 ふわり、とドアから入ってきた風がアタシの髪を巻き上げ、しょーじろーの方向へと靡かせた。

「しょーじろーっ」

 アタシは足を振って靴を脱いで、急いでしょーじろーに駆け寄る。
 いなくなってしまわないうちに、早く早くと急く心のままに走り寄り、迷わずに抱きつく。

 ふわり、としょーじろーの香りがアタシを包むけれど、実際にその腕は伸びてこない。
 いつもならすぐに抱きしめ返してくれるのに、それがない。

 最後だというのを認めたくなくて、アタシは一度離れてから、ドアについたしょーじろーの左手を掴んで引いた。

「一緒に行こうっ」
「トラちゃん」

 宥める声音に、アタシはふるふると首を振る。

「一緒じゃなきゃ、嫌だぁ」

 しょーじろーは少し迷ってから、急にアタシを軽々と抱き上げた。
 すぐに見下ろす高さになったアタシは、じっとしょーじろーの弓なりの細い瞳を見つめる。

「すぐに学校で会えるのに、どうしてそんな我侭を言うんですか?」

 涙を堪えて、アタシもじっと見つめ返す。
 だけど、すぐにアタシは堪え切れなくて、頬を伝う冷たさを自分のニンゲンの手の甲で拭った。

「こすっちゃだめって言ったでしょう」
「んー」

 アタシの手を避けて、頬に柔らかな布が当てられ、びくりと身体が震える。
 手を伸ばして、アタシの頬を白いハンカチで拭ってくれるしょーじろーをアタシがじっと見つめていると、しょーじろーは嬉しそうに笑った。

「学校では僕のことも九影君のことも、ちゃんと先生と呼ばないといけませんよ」
「センセイ?」
「衣笠先生って、いってごらんなさい」

 促されるままにアタシは復唱する。
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