GS:葉月/姫条/他
□最後のピース
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いつもスタッフが出るドアを抜けると、思ったとおりアルカードの裏路地に出た。
マスターは快く従業員休憩室を貸してくれた。
長椅子に寝かせる間も、春霞はまったく目を覚まさなくて、時折楽しげに微笑んだ。
「……ホント、よく寝てる」
起こすのがもったいないくらい、幸せそうな笑顔だ。
一人占め、していたくなる。
でも、いくら撮影中だったからって、簡単に寝るなよ。
ドアのノックされる音で振りかえると、マスターがタオルとモカを差し入れてくれた。
「……ありがとう、ございます」
何とはなしに出た礼の言葉に、マスターが笑った。
「いえいえ、どういたしまして」
なんで、笑っているんだろう。
「春霞ちゃんがキレイになったのは、やっぱり葉月くんの効果かな?」
にこにこと笑顔を振り撒いて、いつも変なおっさんだ。
「入ったときからね、頑張ってるなぁって思ったんだ。
葉月くんのためなら、うん、わかるよ」
オレの、ため?
「俺より美味いって評判のヤツね、きっと葉月くんの為に頑張って練習したんだね。
お客さんが言ってたんだけど、女の子は大好きな人の為にキレイになるんだって。
だから、いつも笑っているんだよ。
それに、ここに学校の先生や学校の友達が来た時も、いつも変わらない笑顔でいられるのは、やっぱり支えてくれる人がいるからなんだろうね。
春霞ちゃんにとって、それが葉月くんだったんだね」
マスターのいうこと、オレにはよくわからない。
でも、春霞がいつも頑張っていたのは知ってる。
「……そう、なのか?」
全部、オレのために頑張ってきたのか。
問いかけても、おまえは笑っているだけで答えない。
後ろでドアの閉まる音が響いた。
マスターは仕事に戻っていったようだ。
ずっと小さなおまえに支えられてきたと思っていたけど。
オレ、おまえを支えてやれてるのか。
「……珪……」
さまよう手を捕まえて握ってやる。
どうやら、オレの夢を見ているらしいが、一体どんな夢なんだろうな。
「……春霞」
夢の中のオレでなく、今、オレを見て欲しい。
夢の中のオレなんか、ホンモノじゃないから。
そんなオレなんか、どうでもいいから。
今すぐ起きて、オレに微笑んで欲しい。
眠っている人を見ると、時々怖くなる。
そのまんま、夢の世界へ連れていってしまいそうで。
それに、祖父さんを思い出す。
今のおまえみたいな笑顔のまま、眠るように亡くなった、優しい祖父さん。
これ以上、オレを置いていかないでくれ。
もう、ひとりでいるのはツライ。
独りで生きられるほど、強くないんだ。
オレ。
「……ひとりじゃない、よ」
独白のように、春霞は言葉を紡いだ。
眠っているから、寝言、か。
「……ずっと……」
夢の中で、オレ、心配させてるのか。
「……ずっと、そばにいるから。
……心配、しないで」
笑いながら、目に涙をいっぱいに溜めて起きあがる。
「……春霞……?」
泣き虫な所は変わらないのに、おまえは包み込む優しさでオレを癒してくれるんだな。
「今、珪クンがいなくなる夢、見ちゃった」
無理やりに笑おうとしている。
なんで、そんな夢見て笑って……?
両腕を首に回して、抱きついてきて、春霞はオレの肩に顔を埋めた。
震える小さな肩が、泣いているのだと言っている。
そうして、声も出さずに泣くようになったのか。
「ここに、いるだろ」
抱きしめようと思ったけど、少し怖くて、背中を軽く叩いた。
「うん、変だよね」
泣いてるのに、笑っている。
変な奴だよ、ホント。
「あぁ、変だ」
こんなオレを好きでいてくれる、おまえが本当に愛しくて仕方がない。
やっぱり、支えられてるのはオレみたいだ。
「………」
「春霞?」
「あんまり、「変」って言わないでよ」
肩から上げられた顔が拗ねてて、可愛い。
目が少し、赤い。
泣いた後のおまえにはどうしてもキスしてしまいたくなる。
「……っ」
小さな桜色の口唇も、柔らかく抱きとめる身体も、オレを包み込むココロも、全部オレのもの。
いや、オレが春霞のもの。
息ひとつ逃さず、おまえがオレだけにその笑顔を向けてくれるなら、他になにもいらない。
誰もいらない。