GS:葉月/姫条/他

□キスの報復
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 マネージャーの見たこともない笑顔と聞いたこともない優しい言葉に、私のほうが惑わされる。

「あなたといるときのほうが、あなたが笑っているときのほうが葉月はとてもイイ顔をするわ。

 東雲さんが一番好きな葉月の顔ってどれ?」

 私が……一番好きな……?

「そう云う顔をしてて」

 一番……好きな…………珪クン。

 女性モデルが私に挑戦的に微笑んだ。
 なんだとか、どうしてとか考える間もなく、ソレは起きた。

「はい!撮影終了!」

 目の前に何が起こったのか、私は理解できなかった。

「……東雲さん、もういいわよ」

 今、あのヒト、何したの?
 珪クンに触れて……、で触れて、た。

「……やっぱり、あの女……っ」
「気をつけていてもダメね。
 キス魔だし、あのモデル」
「……もう、こんな仕事、いれんな」
「はいはい。
 金輪際、彼女との仕事はいれないわ。
 ……でもよく堪えたわね」
「……これから、殴りにいく」

 二人の会話も右から左にすり抜けていく。

「それより、こっちが先じゃないの?」

 感情が全部、凍結されたみたいだ。

「春霞」
「……珪クン」
「ごめん」
「モデルさん、殴っちゃダメだよ」

 ――女の子、殴っちゃダメだよ。

「……春霞」

 なんで、抱きしめられたのかもよくわかんなかった。
 なんとなく、顔の筋肉だけが引きつったように笑ったままだった。

「俺のこと、嫌いになった?」

 なんで?と目だけで答える私の手を、葉月は強く握り返す。

「だって、さっきから……なんでもない」

 何か云いかけてやめたのはわかったのに、聞き返す気力もない。

 家までの道程が、こんなに長く感じたのは初めてだ。
 隣に葉月がいて、手も握っていてくれるのに、すごく遠く感じた。
 これが、答え。

「珪、クン」
「なんだ?」

 家の前で、私はそっとその手を放した。

「……しばらく距離おこう」

 そのまま言い逃げて、玄関まで一気に入りこむ。

「春霞!?
 まて!!」

 玄関に鍵をかけて、戸を背に座り込んだ。

「春霞……!
 春霞……っ!?」

 ドア越しに痛いほど、葉月の気持ちが伝わってくる。

「どうして?
 せめて、オレにっ……!」

 何で今日、私、撮影に誘われたのかな。
 言い訳ぐらい、して欲しいのに。

「……珪クン、私といて、どう?」

 涙は零れてこない。
 今、泣いちゃいけない。
 葉月は私が泣いてるの、好きじゃないから。
 そんなの、反則だから。

「……春霞?」
「無理、してない?」
「……どうしたんだ?」

 それは、今に始まったことじゃない。
 撮影を見に行くたびに思った。
 高校のときはまだ友達だったから、独占できる立場じゃなかったから、そう考えることは少なかった。

 でも、今は隣に立って、思い知ってしまう。
 私、葉月と釣り合わないんじゃないかな、て。

「だから、少し、待って」

 返事は返ってこない。
 代わりにドアの向こうから葉月の気配が消えた。

「……待って、くれない、よね」

 なんだか、話し方の癖まで移ってるみたい。
 こんなに好きなのに、私は隣に立つ自信が持てない。
 リビングから心配そうに顔を出す尽に、私は力なく微笑んだ。



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