GS:氷室/マスター
□コイビトの境界線
2ページ/5ページ
次に目を開けると、そこは見慣れた白い天井があって、起きあがって辺りを確認してもどこにも零一さんはいない。
すべては夢の出来事なのに、身体が熱く火照っている。
「……やだなーもう」
サイドボードのデジタル時計を見やると、只今午前5時半。
外はほのかに白くなり始めたくらいで、世界はまだ眠りに落ちている。
日付は11月6日。
今日は何があった?
「あ!!」
慌ててカレンダーを見ると、自分でつけた笑っちゃうくらい大きなハートマーク。
今日は大切な一日だ。
まず昨日用意して置いた服を着る。
先生好みの氷室学級らしい服装で。
次に、用意しておいたショルダーバッグを手に中身を確認。
……よし、準備は完璧。
台所の母親に挨拶して、家を出る。
向かうは当然、学校ではない。
清涼というよりも凍えそうに寒い早朝の道には、人通りも車通りもない。
吐く息は真白く空気を染め上げ、私の起こす風で霧散していく。
できるだけ温かくと、着てきたコートで辛うじて寒さは和らげられているが、流石に今朝は寒い。
いつもなら布団の中でぬくぬくしている身には堪える。
目的地のドアの前で深呼吸すると、ふっとヒトの気配がする。
これから侵入しようとするドアの向こうで。
時計はまだ6時過ぎたばかり。
まさか、もう起きてるのかな。
鞄を探って、青いリボンをつけた鍵を取り出す。
鍵穴にさしこむと、小さな音と共に私を招き入れる。
できるだけ、音をたてないようにそっとそっとドアを開けて、またそっとドアを閉めて。
まずは侵入成功。
電気のついたリビングに拍子抜けしたものの、私はこっそり忍び足で向かう。
予想に反して、そこには誰もいない。
覗きこんでも、零一さんの姿は見えない。
電気がついているから、起きているのは確かなんだけど。
「……何故、いる」
ため息とともに呆然とした声が背後から私の頭上を通り抜ける。
急いで振りかえろうとしたところ、がっしりと抱え込まれ、空中を運ばれて、いつのまにかソファーに座らされていた。
出勤の準備中だったのか、すでにいつもどおりの白いワイシャツ姿で、下はスーツだ。
折り目正しく、真っ直ぐな立ち姿に、また今日も見惚れる。
多少は慣れたが多少しか慣れていないともいう。
「なんで、もう起きているんですか?」
着ていたコートを脱ぎながら責める私の隣りに、零一さんも身を沈めて。
見られているのに気がつきながら、動悸を堪えて、私はソファーにコートをかけた。
「先に俺の質問に答えなさい。
どうして、こんな朝早くにいるんだ」
厳しい声色におそるおそる振りかえると、咎めるような目に反感が沸き起こる。
今の私に咎め立てられるいわれはない。
「いちゃいけませんか?」
だって、鍵を私に渡して、いつでも来ていいと言ったのは零一さん本人だ。
その意味が放課後とか休日とかだというのはわかっている。
もちろん、平日の朝から来ていいとは一言も言っていない。
でも、来てはいけないともいっていない。
「別にそういうことをいっているわけではない」
「私が朝早くにくると困る事でもあるんですか?――まさか、浮気!?」
「するワケがないだろう」
冗談で言ったのに、即座に返ってきた返答に私は思わず頬が緩む。
この答えは予想出来ていてもやっぱり嬉しいものだ。
第一、零一さんはそれほど器用な人間でもないコトを私は知っている。
「いっておくが、俺の気持ちはまだ少しも変わっていない」
小さく咳払いして、その腕が私の肩を引き寄せる。
照れてはいるがもう、目を逸らされることはない。
「少しも?」
「……何度も、いわせるな」