GS:氷室/マスター

□コイビトの境界線
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 次に目を開けると、そこは見慣れた白い天井があって、起きあがって辺りを確認してもどこにも零一さんはいない。

 すべては夢の出来事なのに、身体が熱く火照っている。

「……やだなーもう」

 サイドボードのデジタル時計を見やると、只今午前5時半。
 外はほのかに白くなり始めたくらいで、世界はまだ眠りに落ちている。

 日付は11月6日。
 今日は何があった?

「あ!!」

 慌ててカレンダーを見ると、自分でつけた笑っちゃうくらい大きなハートマーク。
 今日は大切な一日だ。

 まず昨日用意して置いた服を着る。
 先生好みの氷室学級らしい服装で。

 次に、用意しておいたショルダーバッグを手に中身を確認。
 ……よし、準備は完璧。

 台所の母親に挨拶して、家を出る。
 向かうは当然、学校ではない。

 清涼というよりも凍えそうに寒い早朝の道には、人通りも車通りもない。
 吐く息は真白く空気を染め上げ、私の起こす風で霧散していく。
 できるだけ温かくと、着てきたコートで辛うじて寒さは和らげられているが、流石に今朝は寒い。
 いつもなら布団の中でぬくぬくしている身には堪える。

 目的地のドアの前で深呼吸すると、ふっとヒトの気配がする。
 これから侵入しようとするドアの向こうで。

 時計はまだ6時過ぎたばかり。
 まさか、もう起きてるのかな。

 鞄を探って、青いリボンをつけた鍵を取り出す。
 鍵穴にさしこむと、小さな音と共に私を招き入れる。
 できるだけ、音をたてないようにそっとそっとドアを開けて、またそっとドアを閉めて。
 まずは侵入成功。

 電気のついたリビングに拍子抜けしたものの、私はこっそり忍び足で向かう。
 予想に反して、そこには誰もいない。
 覗きこんでも、零一さんの姿は見えない。
 電気がついているから、起きているのは確かなんだけど。

「……何故、いる」

 ため息とともに呆然とした声が背後から私の頭上を通り抜ける。
 急いで振りかえろうとしたところ、がっしりと抱え込まれ、空中を運ばれて、いつのまにかソファーに座らされていた。

 出勤の準備中だったのか、すでにいつもどおりの白いワイシャツ姿で、下はスーツだ。
 折り目正しく、真っ直ぐな立ち姿に、また今日も見惚れる。
 多少は慣れたが多少しか慣れていないともいう。

「なんで、もう起きているんですか?」

 着ていたコートを脱ぎながら責める私の隣りに、零一さんも身を沈めて。
 見られているのに気がつきながら、動悸を堪えて、私はソファーにコートをかけた。

「先に俺の質問に答えなさい。
 どうして、こんな朝早くにいるんだ」

 厳しい声色におそるおそる振りかえると、咎めるような目に反感が沸き起こる。
 今の私に咎め立てられるいわれはない。

「いちゃいけませんか?」

 だって、鍵を私に渡して、いつでも来ていいと言ったのは零一さん本人だ。
 その意味が放課後とか休日とかだというのはわかっている。
 もちろん、平日の朝から来ていいとは一言も言っていない。
 でも、来てはいけないともいっていない。

「別にそういうことをいっているわけではない」
「私が朝早くにくると困る事でもあるんですか?――まさか、浮気!?」
「するワケがないだろう」

 冗談で言ったのに、即座に返ってきた返答に私は思わず頬が緩む。
 この答えは予想出来ていてもやっぱり嬉しいものだ。
 第一、零一さんはそれほど器用な人間でもないコトを私は知っている。

「いっておくが、俺の気持ちはまだ少しも変わっていない」

 小さく咳払いして、その腕が私の肩を引き寄せる。
 照れてはいるがもう、目を逸らされることはない。

「少しも?」
「……何度も、いわせるな」
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