すばらしきこのせかい

□Calling
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呼んでる。聞こえるだろ、お前にも。

「…何言ってるの、ネク君」

となりで厭味ったらしくくすりと笑う彼に、ネクは思い切り眉を顰めて見せた。馬鹿みたいに人が行き交うこの場所は、スクランブルだったか、スペイン坂だったか、トワレコ前か、キャットストリートか。辺りは晴れやかな程の…、白黒?極彩色なような、それとも。
彼は自分の頬をなでる癖のついた髪を指で つ、とつまみ、そのままその指を口に持ってゆく。そんな仕草さえいちいち気品に似たものを纏っていて腹立たしい。生死を賭けたゲームにそういう品格はいらない。いらないから走れ、と何度心の中で悪態をついたことだろう。
今日のミッションは――、いや、ミッションメールは来ていなかった。これで何日目だろう。……今日は、“何日目”だろう。
胸の内でぐるぐる回る疑問とは裏腹に、思考は少しも働いていない。けれど目的はある。(けれどそれが何かも見えていない。)

ああ、そうだ、シキ。シキを助けなければならないのだ。そのためにはゲームで生き残らなければならなくて、そのためにはミッションを出来るだけ自分の力で達成しなければならなくて

「それで、どうしようね」

彼が声を出したのにしばらく気付かなかった。遅れて拾ったその言葉の意味を考えるのにも時間が要る。考える前に、ネクは「なにが、」と問い返してしまう。
緩慢な動きで首を回した彼には表情がない。汗がどこかの光を映して流れていくのが見えて、暑さにやられているのだろうなとなんとなく考えた。思い出したように口角を上げた彼の耳には多分あの声が聞こえていない。
何を言っているの、ネク君、と。先程の言葉を少し形を変えて口に乗せる彼には、多分。

「渋谷の話だよ」
「…渋谷?」
「渋谷の存続。忘れちゃった?」

しぶやの、そんぞく。

(Wake up Leave your hesitation)

「どうやってこの三週間を終わらせようか。」

そんな話をしていたんだよ。
いっそ清々しい笑顔を浮かべる“コンポーザー”の、その後ろには白い部屋。徐々に明るさを失っていく風景は、やがて審判を下す指揮台へと姿を変えた。

(Time for us to realize)

…誰が消えたのかを思い出す。何を失ったのかも、今賭けているものはなんなのかも。
ネクは静かに唇を噛んだ。誰がこのゲームを仕組んだのか、知るべき時が来たことを心のどこかで恨んで。

(Lucky me Destiny You are on my side)

まだ手の中にあるものもはっきりと見えていた。取り零したりはしたくない。けれど失ったものも目の前にある。
消えてしまった人たちも、出来ればこれは夢であってほしいと、まだ戻るものもあるのだと思っていたい。
手には銃。同じように、彼の掌も銃を握っていた。たった三つの数字を数えただけで、全てが終わってしまうなんて、絵本を閉じるようなそんなシンプルな終わり方なんて。
自分が勝って残るものはどれだけあっただろう。きっと多くが残るのを引き替えに、多くがまた消えていく。当たり前だと思っていた。知っていると思っていた。知っていたから他人を避けた。それなのに、彼は自分をゲームへ引き込んだ。
銃口が自分に向いているのを肌に感じる。ああ、まだだ。まだ、全然足りない。
全部返してほしいと、全部帰ってきてほしいと、そう願ってはいけなかっただろうか。全部残っていてほしいというのは、欲が深すぎるだろうか。
せめてあと少しだけ時間があれば、まだ別の終わり方を見つけることが出来たかもしれないのに。

(Just once more unto the breach
"Dear friend, once more")


呼んでる。誰かが呼んでる。
生きろと、成せと、守れと、目覚めろ、と。
それは彼が自分自身に叫んでいたんじゃないか。渋谷がそれを映していて、自分たちはそれに感化されていたんじゃないか。本当はどこかでわかってたんじゃないか。
あの重たさも、鮮やかさも、色も、全部彼の一部だったんじゃないか。本当はまだ納得なんてしていないんじゃないか。
自分と同じように。

(So, just once more unto the breach)


"Dear friend, once more"


どこかで聴いた歌を口ずさむように、胸の中で唱える。
だってあの声はまだ聞こえている。





「Calling」イメージで
"Dear friend, once more"にいろんなものを感じる

キイロ

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