すばらしきこのせかい

□暖花
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見ていた枯れ葉は風もないので動かず、瞬きを挟んだ次の瞬間跡形もなくなってしまうのではと思うほどひっそりとそこにある。男は間を置いて「君は?」と聞いたけれど、ネクは「別に」と答えて済ませた。本当はなんだか、もう少しまともに答えてもいいような気もしたけれど。
相手はめげもせずに「雪、降るかな?」と話を振って来る。先ほどの思考と同じ話題に戸惑い、それを隠すために素っ気ない返事をするも、彼は嫌な顔一つしない。「君の予想で」

「…降らないと思いますけど」
「どうして?」
「温暖化だから」

このときだけ、彼は(非常に上品にではあったけれども)声を立てて笑った。

「夢がないなあ」
「シブヤにはそんなに雪は降りません」
「そんな事実じゃないんだよ。降ったらいい、降るのを信じてみたいって思わないかい?」
「そんな歳じゃないんで」
「でも君は雪が好きそうだよね。あまり降らないなら尚更見たいでしょ?」

雪なんて。雪なんて、通勤や通学の妨げになるし、そもそも塵に群がった氷でしかないだろう。思いながら、何か融解していくような不思議な気分だった。(うるさい)(耳障りなんだ)夏がキライだった。人が散らかった雑踏が、無数の価値観を共有しないまま茹だらせているようで、鬱陶しいから。今だってそんなにいい思い出がない。あんなむせ返るような世界でいくつもの意識が死んでいった。一握りの、ネクの周りの人間だけ残して。だれかさんのエゴで。
“分かりあえる友達”はまだしんでなどいないと信じているのに、(ふゆはさびしすぎる。おまえがいないから)
ふわりと、舞い降りるような笑いが零れるのが隣から聞こえてくる。

「変な顔。」
「……」
「雪、好きだよね」
「…キライじゃない」


繊細だもんね、ネク君てば。


どきりとして相手を振り返った。振り返ったつもりだったが、そこには誰もいない。心臓の音がうるさくて寒さを忘れそうだった。
あの男の顔を、ネクははっきり覚えていない。顔に留まらず、声音や仕草、あんなに勝手に入ってきた言葉すらもまともに記憶に残っておらず、確かに思い出せるのは高価そうな衣服だけだ。けれども誰だったのかを思い描くことは出来る。しばし景色に彼を探して、空気が壊れることを危惧しているような息の吐き出し方をすると、すっとなにか小さいものが前に落ちてきた。思わず目で追うと、それはアスファルトの上で粉のようになった後じわりと溶けた。次いで後から後から降り続くもの。
雪が降るだけでどうしてか寒さが和らぐ気がした。これが彼のしわざだと思うと、ネクは胸の奥が一点、激しく熱をもつのを感じた。(こんなのじゃない、)求めているのはこんな、ドラマチックな演出をしてみせる紳士なんかじゃないのに。

枯れ葉は雪を被る前にどこかへ消えてしまっていた。


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企画「どうしてこうなった」から「変態という名の紳士」

キイロ

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