ガンダム00
□遥か彼の地にいる君
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1.
暇を持て余したアリーが映画館に入ったのは、ほんの気まぐれだった。
適当に選んだ映画が終わるまでただ淡々と眺めていたが、内容は三文芝居だなと思った。
暇つぶしにしても失敗だったと後悔しつつ映画館を出ると、同じくその映画館から出てきた青年に目が行った。
端正な顔立ちの青年が、二人、同じ顔をしていた。
双子か、と別段何の感慨も無く通り過ぎようとした時、二人の会話が耳に入ってきた。
「期待はずれだったな。」
「…ああ、ライルもそう思ったか?」
「ああ。ああいう奴、嫌いだろ。兄さん。」
「あの主人公か?」
裏の世界にしか生きられない主人公の人生を描いた映画だった。
客に感動させようとしているのが手に取るように分かってしまって、それがかえって鼻について入り込めないという欠点のある駄作だ。
「大して悩まずに裏世界にホイホイ入ってっただろ?兄さんの嫌いそうなキャラクターだ。」
「まあな。でも、分からなくもない。」
え?と弟は意外そうな顔を向けた。
それに対して兄は苦笑して見せる。
「肯定はしないけど、そうしたい気持ちは分からなくないって話さ。」
「へ〜?そういうの絶対理解できないってタイプだと思ってた。」
やめてくれよ、そんな潔癖症じゃないぜ?と兄は返した。
「俺だって根っから善人ってわけじゃない。それが俺の処世術ってだけだ。ライルだってそうだろ?」
処世術。
だから善人ぶっているだけだ、と青年は言ったのだ。
弟にさえ根っからの善人だと思われている男が、それは生きるための手段であって、本来の自分は違うのだと。
つまらない物を見たと後悔していたアリーだが、その二人を目にした事はこの上ない収穫の様な気がしていた。
数日後の昼食時、たまたま入ったレストランでその青年の片方を見つけた。
彼はウエイターとして働いていた。
兄か弟かどちらだろう、と観察をしたが、一度見かけただけではその判断は難しかった。
ただなんとなく兄の方ではないかと思い、声を掛けてみたくなった。
確かめたかったのもあるが、あの「処世術」の話に興味があった。
しかし、あの時の会話では弟の名前しか情報はない。
どう話し掛けようか暫し考え、近くを通りかかった時に軽く手を上げた。
「よお、ライル。」
一瞬驚いたような顔を見せ、青年は困ったような笑みを向けた。
「すみません、人違いです。俺はライルの兄で…。」
「あ〜あ、そうか、双子だったっけかな。わりぃ、そっくりだからよ。…えーっと…。」
「いえ、よくあることですから、気にしないでください。ニールって言います。」
やはり兄の方だったとほくそ笑む。
「ニール、ね。俺はアリー。アリー・アル・サーシェス。よろしく。」
席に座ったまま、ヒョイッと右手を出すとニールも握手の為に手を出した。
「よろしく。ライルとはどういう?」
「ああ、酒場で一回会っただけだけどよ。ちょっと話したんでね。」
「…あー…もしかして、駅裏のライラックって店ですか?」
「…どーおだったかな…一回行ったきりだから忘れたな。」
「アイツ、時々行くって言ってましたから。静かな店でしょ?友達と飲みに行ったあと一人で行くんだって。」
ライラックね、と頭の中で復唱してから、「仕事中に悪かったな。」とまた軽く手を上げる。
ニールは人の良さそうな笑顔で会釈をして戻って行った。
ライラックという店は駅裏の少し入り組んだ路地にあった。
地階に下りて行く階段は狭く、知ったものでなければあまり訪れないだろう。
入口を開けるとまずカウンター席が目についた。
そこに座っている青年を見て、アリーは口角を上げる。
まっすぐに近づいて行き声を掛けた。
「よ。ニール。一人か?」
ライルはグラスを唇に当てたまま、ちらっとアリーの方を見た。
少し顔を顰めてぶっきらぼうに返す。
「人違い。アンタの知ってる奴じゃないぜ。」
アリーはとぼけて「ああ、弟か。」と初めて気付いた風を装う。
「わりぃ、聞いてた通りそっくりだな。」
「ま、みんなそんなもんだ。気にしなくていいさ。」
そのまま隣に座り、酒を注文した。
「えーっと…名前は…。」
「ライル・ディランディ。アンタは?」
「アリー・アル・サーシェスだ。ここ、よく来んのか?」
ああ、と返事をしてライルは酒を飲みほした。
そして立ち上がるべくカウンターに手を付く。
するとアリーが「おいおい。」と呆れたように声を出した。
「今挨拶したばっかなのに帰るかよ。」
「もともと一杯だけのつもりだったんだ。…アンタが奢ってくれるってんなら付き合わなくもないけどな。」
ニッと笑った顔はニールの笑顔とはまるで違っていた。
しゃーねぇなぁ、とアリーも笑って、バーテンにライルの分の酒を頼んだ。