すばらしきこのせかい

□渇く
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(エンド後/ネタバレ気味/ネク)


自動販売機の前で、そこで買った炭酸飲料を口にしたとき、ふと何かひとつ繋がった感覚がした。
夏という季節は逃げ水を作るように人の脳にも蜃気楼を作るんじゃないだろうかと思う。現実から一旦離れてしまうほど思考が浮く。思考が浮いてしまうほどの、熱と暑さ。その足元を失くした思考がUGという非現実的な場所へと繋がるのはある意味道理に適っているかもしれない。
冷たい液体が一時的に喉を冷やし、その間だけ汗にすら清涼なイメージを抱く。それもほんの一瞬に過ぎない。それでも確かなこと。確かなもの。

日常。
例えば彼が消えるよりもう少し早く、「友人」としての認識を自分が受け入れることが出来たなら、こういう日、こういう時間を分け合うことを、生還したあとの日常に求めたに違いない。自動販売機に並ぶ中から選んだボタンの違いについて、少し話してみたかもしれない。そんなふうに取り留めもないかのように、自分達の思うことを話し合うのもいいかもしれない。
望むのは価値観の交流と少しの変化。取り留めもない日常の中で、取り留めもない会話の中で。

あのときするりと口から零れた言葉が一体何から来るものなのか、疑問に思うことはなかったけれど今答えが出た気がする。
「自分を庇って消滅した」なんて別れ方が生んだ反動の信頼や美化された存在への好意でなく、ただあの一週間、多少無意味にさえ感じていた価値観の交換が呼んだ信頼と好意。それが導いた「分かり合える友達」という言葉。
過去の自分なら笑ってしまいそうなそんな言葉を、自分のものにもしてない内から使えてしまったのは何故だろう。

すこし、胸が、いたい。

空になった缶をごみ箱に捨てる。ごとんという重い音からして、こんなに暑いというのにこの自動販売機を利用した人は少なかったんだろう。それか、誰かが一度回収に来たのかもしれない。
もう一度ケース越しに並ぶ飲料類のモデルに目を向けてみると、緑色に点灯するボタンは今にも売切れの表示に切り替わりそうに頼りなく見えた。

言葉。
ただ零れたと言えばそれまでだろう。
彼はあのとき、こちらの言葉の意味にどれだけ気付いてくれただろうか。
彼なら、みんな分かってくれただろう。そう思える信頼も、全てあの日々に交わした言葉が紡いで行った、確かなものだった。



キイロ

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