すばらしきこのせかい

□暖花
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(ED後/捏造ちょくちょく/冬/ネク)


東京だって人が少ないことはある。東京にだって人が少ない所はある。
マフラーがなかった。今朝は確かに着けていたから、多分学校に置いてきたんだろう。真っ赤になった指先を見ながら思う。手袋はいつだって着けていないけれど、いつもはこんな状態にならなかったはずなので暫しどうしてなのかを考え、やがてネクは制服のポケットの存在を思い出した。冬は体温調節が難しい、とか言っていたのはビイトだったろうか。彼は寒がりのために着膨れてカイロを愛用している一方で、雪に喜ぶ犬のようにやたらと動き回るので暑いか寒いかのどちらかになるらしい。ライム曰くビイトは冬場よく風邪を引く。それじゃあ当然だろ、とため息をついたものだ。女子はと言えば、温度管理よりもお洒落が優先で、シキは冬でも足を出すしライムは夏でも袖余りだ。それを指摘すると、ネクだって首も耳も暑そうだったと拗ねたらしいシキに怒られた。
寒さを感じつつもネクは体を暖める努力はしていない。ただ体を丸めて表面積を減らすという非常に本能的な方法にのみ総てを任せ、あとは申し訳程度に手を握ったり開いたりしながら白い息を眺めている。アスファルトに靄がかかって元に戻る、を繰り返し繰り返し。

日は陰っていた。光を注ぐには些か雲が厚すぎた。それでも雪にはならないだろうとぼんやり考える。温暖化だかヒートアイランド現象だかで雪の結晶が保たれるだけの低気温ではないから、降るとしても霙(みぞれ)だ。渋谷が雪に包まれる景色はそうそうない。雪ではしゃぐ歳でもないからいい、と静かに思い、なんとなくそこに厭味な応答が返ってくる気がした。

「サボりかい?」

声にびくりと振り返る。ぼうっとしすぎていたのか足音も聞こえなかったので、それなりに激しい反応をしてしまった。そもそも、知らない人物に突然話し掛けられることに馴れている人間がこの街にいるだろうか。言わば常識はずれのことをされた気分で、一人の時間に割り込まれたことに対してもだが、苛立たずにはいられなかった。口元を結び、怪訝な顔をしてみせる。こんな反応をしたのは久しぶりだが、感慨にふけるような気持ちは起きない。この人物が立ち去って一息ついたらまた話は変わってくるのだけれども。
若い男性だった。ペガッソで売られていそうな良質な服を身に纏っていて、なんとなくいやらしいタイプの人間に見えた。UGで様々な思考を見た分、こういう第一印象はよく当たるようになっているから、大体の場合信じていい。となると警戒は解かず早々に関わるのをやめるのが賢明だが、自分から移動するような気持ちにもなれなかったため追い払うか無視するかで対処しようと考える。

「寒そうな恰好だね」
「平気です」
「このコート貸そうか」式でも挙げそうな裾の長いコートをすこし引っ張ってみせる。
「いらないです」

男は断りもなくネクの横に座った。ベンチではなく地面に向かってコの字をしているポールに座っているから必然的に距離が近い。牽制の為あからさまに嫌な顔をしてみるものの、憎らしくも相手は景色を眺めていて気付いていないようだった。ネクは視線を自分の足元にもどす。この男が何をしたいのか見当がつかないが、何しに来たのかを問うたところで「暇潰しだよ」という言葉しか聞けない気がする。子供っぽく空を見上げた彼が「晴れないね」と言うが、ネクには返答をする気がない。夏と冬とどちらがいいかな、なんて歌うような問いにも答えないでいる。
それを気に留める様子もなく、昔はね、と勝手に男は喋り出した。「僕は夏がキライだったんだ」ごちゃごちゃしていて、鬱陶しいから。「散らかっているようなんだ、みんな」。聞き流すつもりでいるのに、なぜだかしっかりと言葉を拾っていた。それがまた煩わしい。しかもどこかで聞いたことが有るような気がしていたので、曖昧な記憶に思わず探りを入れてしまうことも面倒だった。

「でも今は冬のほうが嫌かもしれないと思ってる」
「……」
「冬はね、寂しすぎる」




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