すばらしきこのせかい
□ポッキー
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(義音/バレンタイン)
「僕、あれが好きなんだよね。」
そう言ってヨシュアが指差したものはポッキーだった。
ふーん、とネクは聞き流していたが、それから事あるごとに同じことをヨシュアが言うから、すっかり覚えてしまった。
「今日はバレンタインデーだね。知ってる?ネク君。」
「それくらい知ってるよ。当然だろ。」
また人を馬鹿にして、とネクが不機嫌に返すと、ヨシュアは笑った。
「それで、ネク君?」
「何だよ。」
「くれないのかい?」
ヨシュアの毎度のおふざけに、ネクは顔を顰める。
「俺は男だぞ。」
「知ってるよ。」
「だったら、必要ないだろ。」
フフフとまたいつもの調子で流し眼を向けるヨシュア。
「ネク君も、意外と常識にとらわれる性質なんだね。」
「常識は必要だろ。」
相手にしていられない、と歩き出すと、後ろからヨシュアが言った。
「だったら、最近の常識に則ってくれてもよさそうなものだけど。」
「は?何だよ最近の常識って。」
振り返って訊ねると、知らないのかい?とまた馬鹿にしたような返事が返ってきた。
「友チョコ。」
「…なんだそれ。」
「ああ、知らないんだね。常識は必要だとか言っておいて。」
「…悪かったな。」
ムッとしてそっぽを向く。
「友達同士で贈り合うチョコの事だよ。だから、同性に贈っても全く問題ないんだよ?」
「…へー…。」
最近はそんなことになっているのか、とネクは鵜呑みにした。
それは女の子たちの常識でしかないのだが。
「僕達、友達…以上の関係だよね。」
「以上は余計だろ。」
そう返すと、ヨシュアはやれやれといった風に肩を竦める。
「ネク君、数学苦手かい?」
「何でいきなり数学の話になるんだよ。」
「5以上、って言ったら、5も含まれるんだよ?知らないの?」
「知ってるよ、馬鹿にするな。」
「だから、僕達は友達以上の関係。」
「それは友達でいいだろ。」
「僕は間違ったこと言ってない筈なんだけどな。」
「以上を付ける必要はないだろって言ってるんだ。」
フフフッとヨシュアは笑った。
「ネク君、頑固おやじみたいだね。」
「何でそうなるんだよっ!」
「相手の言う事を素直に受け入れられないのは、頭が固い証拠だよ。」
「お前の言ってる事がおかしいんじゃないか。」
ますます不機嫌になるネクに構わず、ヨシュアはまたいつもの笑みで「そうかい?」と返す。
その後、再三の催促とうんちくに飽き飽きして、ネクはチョコを買うことを了承した。
食品売り場から戻ってきたネクは、今買ったばかりの物をポイッとヨシュアに投げてよこした。
「これでいいだろ。」
「ラッピングも無しかい?」
そう言いながら手の中のチョコを見てヨシュアはにんまりと笑った。
それはポッキーだった。
「ネク君?」
「何だよ。」
「頭の固い、常識を重んじるネク君?」
「何だよその言い回しは。」
「ラッピングが無いのは百歩譲っていいとして、これにはこれの渡し方っていうのがあるのを知らないのかい?」
また始まった、とネクはスタスタと歩き始めた。
「知らないよ。行くぞ。」
「ふーん?」
しばらく歩いて人通りのない場所に差し掛かると、ヨシュアはネクの腕を掴んで立ち止らせた。
そしてさっき渡したチョコを押しつける。
「何だよ。要らないのか?」
「言った筈だよ?これには、特別な渡し方があるんだ。常識だよ?知らないの?」
「だから知らないって言ったろ。」
「じゃあ、常識を知らない、でも常識を重んじるネク君に教えてあげるよ。」
面倒だと思いつつ、コイツは言いだすと聞かないのだし言わせておこう、とネクは溜め息混じりに「何だよ。」と促した。
「ポッキーゲーム、知ってるよね?」
ぎくっとネクは嫌な予感に冷や汗を垂らした。
「…し…知らない。」
「それは嘘だな。」
「何だよ、いつも人の事何も知らないみたいに言うくせに。知らないもんは知らないんだ。」
「まあ、知らないってことでもいいよ。教えてあげるだけだから。」
「断る。」
ネクの言葉は無視して、ヨシュアは説明を始めた。