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□隣のあいつ
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あのデート(?)以来、佐藤さんは私に対してスキンシップが多くなった気がする。
お互いの距離が縮まった、と感じたのはやはり私だけではなかったみたい。そう思うと、ちょっと嬉しくて顔が緩む。

まー、スキンシップって言っても、種島さんのようにいじられてるだけなんだけど。







「キャベツの千切りはもっと細く切れっつってんだろ」

「イタイイタイ!!」

佐藤さんが背後から、両手をグーにして、私のこめかみに当て頭ぐりぐり攻撃をしかけてきた。
相変わらず、言葉は冷たい。

「うぅ…佐藤さん、容赦ない…」

「べそかくな。やり直せ。」



すると相馬さんが両手を広げ、

「観月さん、俺の胸に飛び込んでおいでー。佐藤くんから守ってあげるよー」

と、にこやかな笑顔でこちらを見つめる。

それを見た佐藤さんが反撃に出る。

「観月を甘やかすな」
げしっ。
相馬さんの胸に飛び込んできたのは佐藤さんの蹴りだった。

「さては佐藤くん、俺が観月さんに触れる事を嫉妬しているんだね!?」

げしっ。
またもや佐藤さんの蹴りが相馬さんを襲う。

「痛いよ、佐藤くん!」

そんな風に3人でふざけていると、小鳥遊くんがカウンター越しに声をかけてきた。






「観月さん、知り合いがいらっしゃってますよ」

「知り合い?」

「高校の制服着てるからお友達かと。」

「あぁ、ありがとー」





小鳥遊くんにお礼を言い、フロアに出ると、同じ高校の女の子が二人、窓側の席に座っていた。

「いらっしゃいませー」

と声をかけると、二人が黄色い声をあげた。

「きゃー!!観月さま、かっこいー!!制服似合ってる!」

「何着ても似合うわ、観月さまは!」

「あっはは…。ありがと。ってか二人ともここに来るなんて珍しいね」

「そりゃあ観月さまファンクラブの会員ですもの!」





実は、高校入って少し経った頃、『観月さまファンクラブ』というものが発足された。それからというもの、会員メンバーは、“観月さまには告ってはいけない、観月さまは皆のもの”をモットーに活動している。活動って言っても、黄色い声で追っかけ回してくるだけだが。
実際のところ、そのふざけた『観月さまファンクラブ』の人達が、私が女である事を知ってる人はいるのかいないのかは、私にもわからない。






「観月さま、お引っ越しなさったとか!」

「観月さまのお手伝いさせてください!」

「ありがとう。でも、荷物は全部部屋に運び込んだから、あとは段ボールから出すだけだから平気ですよ。」

「今日から住み始めるんでしたわよね?」

「うん。部屋が片付いたら是非遊びに来て」

「きゃー!!観月さまのお家に上がれるなんてー!幸せ過ぎますわ!!」








そう。
私は今日、新しい家に引っ越しすることになっていた。親の都合で、アパートで一人暮らしすることになったのだが、これがけっこう楽しみにしていた。

新しい街。
新しい家。
新しい生活。

不安もあるけどわくわくのがおおきい。





ファンクラブの二人と少し話したあと、キッチンに戻ってくると、佐藤さん・相馬さん・小鳥遊くんが待ちわびたように私を出迎える。

「な、なんですか?」

「観月さんのファンかい?」

相馬さんがニヤニヤ。

「見てたんですか」

「まぁ、お客様がいない中、あんな風にキャーキャー騒いでたら、聞こえてきますよ」

小鳥遊くん、なんか面倒臭そうに笑顔をひきつらせている。

「すいません、うるさくして…」

「観月さまファンクラブの会員は50人近くいるとか」

「相馬さんなんで知ってるんですか」

「俺もファンクラブ入ろっかなー」

「やめてください」

「佐藤くん、ぼやぼやしてたら、観月さん取られちゃうよー」

「俺には関係ないだろ」

「何言ってんの〜、“観月さまは皆のもの”がモットーなんだよ。佐藤くんが観月さんをペットにしてる、なんて会員が知ったら、佐藤くんが睨まれちゃうよ」

確かに、会員の間では、裏切りは許されない、って聞いた事あるけど。ホント詳しいな、相馬さん。






「そんなの平気だろ」

佐藤さんの手が私の頭をポンと叩く。

「……」

「……」

なんだ、この間は。
“お前は俺のものだ”とかカッコいい事言われたら、嬉しすぎてニヤけるのを隠せないぞ。






「……犬は飼い主を裏切らん。」

「……」

いや、それ、結局私の気持ちの問題じゃね!?

「佐藤くんのヘタレ。」

ぼそっとそう呟いた相馬さんに、また佐藤さんの蹴りが入った事は言うまでもない。








バイトを終えたあと、私は引っ越ししてきたばかりのアパートで、部屋の片付けをしていた。

「ふー。だいぶ片付いたー」

段ボールはまだ剥き出しに置いてあるものの、一応は住める程度に整理はついた。
インテリアはモノトーンでシンプルになったせいか、女の子らしさが全くない。

「ま、いっか…」






それにしても角部屋が取れたことはラッキーだったな。
とりあえず、隣の人に菓子折り持って挨拶してこよ。






ピンポーン。
チャイムをならす。

「隣に越してきた者です、ご挨拶にうかがいに来ましたー」

ドアの外から声をかける。
しばらくすると、鍵を開ける音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。

「隣に越し……」

そう言いかけて、目の前に現れた人が見覚えのある人だと気づく。

…いや、むしろ、見飽きるくらい顔を会わせている相手。







「さ、さとーさん…」

私は絶句してしまった。

向こうも驚いているようだが、何せ無表情な佐藤さん。喜怒哀楽がわかりにくいのだ。

「……」

「……」

お互いに沈黙が続く。
…と思ったら。






バタン。

「えっ!?ちょっ!?なんでドア閉めるんですか!!佐藤さん!!佐藤さぁぁぁん!!」

ドンドンドン!!
閉め出された私は勢い良くドアを叩く。






ガチャ。再びドアが開かれた。
佐藤さんがやっとこさ口を開いた。

「すいません、近所迷惑なんで静かにしてもらえますか」

「いやいやいや、おかしいでしょう!!なぜ閉めるっ」

「…なんとなく。」






こんな偶然ってあるんだろうか。まさか隣に住んでいるのが佐藤さんだったなんて。
ワグナリアでバイトをして佐藤さんに再会し、同じ夢を分かち合い、おまけに家まで隣とか。

これってホントに偶然なんだろうか。






「あの、これ、お口に合うかわかりませんが、良かったらどうぞ。」

「おー。悪いな。」

「……にしても、なんで佐藤さんが横にいるんですか。ストーカーですか。」

「俺の台詞だ。」






よく見たら、佐藤さん、上下の服装がグレイのスウェットだ。私服姿は見たことがあると言えど、部屋着姿を見れるなんて、だいぶ貴重な体験じゃね!?

もう9時過ぎだし、お風呂も入ったんだろう、髪が少し濡れている。風呂上がりだからか、顔もほんのり赤くて、少し色っぽく見える。
あ、なんだろ、ちょっとドキドキする…

「あ、じゃあ…お忙しいのに失礼しました!これからよろしくお願いします」

そそくさと自室に戻ろうとすると、

「観月」

呼び止められた。

「は、はい?」

「……困った事があったら何でも言えよ」

そう言いながら、佐藤さんが照れくさそうにするもんだから、私の顔まで赤くなってしまう。

「ありがとうございます…」





今日から佐藤さんとはご近所さんなんだ…。
そう思ったら胸の高鳴りが止まらなかった。






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