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□出会いの夏
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今から半年前の夏。
よく来るワグナリアで友達と食事を終えたあと、店の外で私たちは、二人のナンパにからまれていた。
「やめてください…ッ」
「なんだよ、ノリわりぃなぁ、ちょっとくらい良いじゃねぇかよ〜」
この日の私は、友達の強引な押しによって、ロングウィッグにミニスカートというどっからどう見ても女の子の格好をさせられていた。
“こんなの恥ずかしい”と言っても、“せっかくモデル体型してんだからちゃんとお洒落しなきゃもったいないよ!”とメイクまで施してくれたのである。
「いい加減に…ッ」
あまりにもしつこくまとわりついてくるナンパに怒鳴ろうとしたその瞬間――――
「パー子、ピー子、待たせたな。」
後ろから声をかけられた。
ぱ、ぱーこ…?
声がする方に振り向くと、金髪の、髪型がちょこっとおかしなことになってらっしゃる青年が立っていた。
そう、それこそが佐藤さんだったのである。
「うちの連れに何か用か?」
そう言いながら、若干お酒臭いナンパに向かって、彼はキッと睨み付ける。
「…ちっ、男連れかよ。い、行こうぜ」
舌打ちしたあと、さっきまでのテンションはどこにいったのか、慌てて去っていくナンパたち。
「…えっと、助けていただいてありがとうございました!」
最初に佐藤さんに声をかけたのは、友達だった。私もお礼を言うべきだったのだが。笑いが込み上げてそれどころではない。
「…ぷっ!!あははははははは!!」
「ちょ、ちょっと優、笑うなんて失礼だよ…!」
「あははは…くくく…、だ、だって、“パー子とピー子”って…!」
センス無さすぎでしょ。とっさにしてももっと良い名前あったでしょ。あーもう、おかしくて涙出てきた。
「う、うるせぇよ」
と呟いて、私達に背を向けた彼の耳が真っ赤になっていたことを私は見逃さなかった。
あ、なんか可愛いこの人…。
「あ、あの…!!ありがとうございました!!」
後ろ姿を見ながら、やっぱりちゃんとお礼を言いたくて。遠ざかっていく彼にそう叫んだ。
そのまま佐藤さんは車に乗り込み去っていったのだった。
あの時の彼は、私服だったし店の外だったから、まさか佐藤さんが店員だとは思いもしなかった。ワグナリアには、テスト勉強やら友達と食事しにいったりとよく利用するのだが、めったに表に出てこない厨房はさすがにわからない。
今思えば、たまたま仕事あがりで私服に着替え、帰宅しようとしてるところだったのであろう。
あの格好をしたら佐藤さんは思い出してくれるのだろうか。…いや、ってか、半年も前のことなんてフツー忘れてるか。思い出したからってどうかなるもんでもないけど…。
っつかなんだ?佐藤さんに思い出してほしいのか、私。…なんで?
「…ということだから。って聞いてんのか、観月」
「は?」
「は?じゃねーだろが」
怒りのオーラを放しながら私を見下ろす佐藤さん。
はっ!仕事中だということを忘れてすっかり自分の世界に入ってしまった!
「入った初日からえらく余裕だな」
「いえ、そんなことは…」
「そんな余裕な奴に仕事をやろう。この荷物を全部フロアに出しとけ」
「え!これ全部!」
「不満か」
「や、やります!」
ちっくしょお〜〜〜。
なんだこの人、仕事に関しては超厳しいじゃんかっ。私の思い出を返してくれっ
そんな思いもむなしく、大量の段ボールを目の前にため息をついたのだった。