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□ペット計画
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このバイトを始めて、はや一ヶ月。
厨房の仕事にもだいぶ慣れてきた。
「観月、研修バッジ返せ」
「え、いいんですか?」
「あぁ、お前はもう研修卒業だ」
店長と私の話を聞きつけ、小さな影がひょこっと姿を現した。
「観月さんだけずるい!山田も一人前にしてください!」
「仕事をもっと覚えてから言え」
「山田はいつも一生懸命やってますよ!」
「だったらこんなとこでサボってないで接客してこい」
持っていたバインダーで店長に頭を叩かれる山田さん。
うーん、山田さん残念。彼女の名前が破損報告書をいっぱいにしてるのは気付いていたけど未だに研修とはよほど仕事ができないらしい。
「なんとか一人前になりました」
「研修卒業したんだね、おめでとう観月さん」
食器洗いをしながら、そんな会話を始めると、相馬さんがいつもの笑顔を私に向ける。
「観月さんは仕事覚えも早いし、面倒臭い作業も自らやってくれるし、ホント入ってくれて助かったよ」
「相馬さん、そんなに褒めても何も出ませんよ〜?」
「やだなぁ、俺が何かやるように見えるの?」
「見えます(きっぱり)」
一ヶ月もいると、ここの店員にもすっかり打ち解けられるようになっていて。いろんなことを理解し始めた。
相馬さんが人を脅して仕事をサボってることとか、
元ヤンだった店長にゾッコンな轟さんのこととか、
小鳥遊くんが小さいもの好きの変態であるとか、
あー、あとは山田さんが家出少女で音尾さんが連れてきたこと、
伊波さんが小鳥遊くんに惚れてること。
そしてなにより。
言葉は冷たいけれど実は優しかったりする佐藤さんのこととか。
私がミスした事を、自分のミスだとかばってくれたり。
重い荷物を運んでいるとさりげに手伝ってくれたり。
気付くと、私が必要としてることをやってくれていたりする。
「ただ観月は時々危なっかしい。」
「ちょっと佐藤さん、せっかく相馬さんが褒めてんのに、そんなこと言ったら台無しじゃないですかー」
「何もないとこでつまずいてるし。」
「そ、それは…」
否定できない。よく言われる。見た目と違っておっちょこちょいだと。
食器を片しながらも横目で佐藤さんをうかがう。冷蔵庫を開けた佐藤さんが何やらがさごそしている。
「観月、倉庫から桃缶とってこい」
「あ、はい、わかりました」
洗いかけの食器を置き軽く手を流すと倉庫の方へ向かった。
「観月さんってなんかイジり甲斐があるよねぇ」
「そうか?」
「俺だけの物にしておきたいとゆーか、あのクールな表情が歪むところが見たいとゆーか…」
「相馬、お前ほんとドSだな」
「…観月さんを虐めたいのは佐藤くんでしょ?」
「は?」
「佐藤くんはツンデレだからねぇ」
「…なにバカなこと言ってんだ。
…っつか観月は桃缶一個持ってくるのにどんだけ時間かかってんだよ。」
スタスタスタ。
「……。(様子を見に行っちゃうところとか、佐藤くんは観月さんにあまいんだよねぇ…)」
二人がそんな会話を繰り広げていることも知らず。
私はというと。倉庫で桃缶と戦っていた。
「も、もうちょっと…ッ」
脚立に登り、それでも届かない桃缶に必死で手を伸ばす。
脚立の上で背伸びをするも、あともうちょっとのところで届かない。
こんな高い位置に置くなんて佐藤さんしかあり得ない。
「おい、桃缶まだか?」
「え?――――わわ…っ」
「うわっ」
ドアが開き、声のする方を振り向く。…が、またしてもやってしまった。
声の主を確かめようとするあまり、そちらに気をとられ脚立を踏み外してしまう。案の定、滑り落ちた私はそのまま床に尻もちをついて…
…ついてない!!
「ってぇ…」
「ささささ、佐藤さん!?」
佐藤さんが私を抱きかかえるようにして、私の下敷きになっている。また私を助けてくれた…?
「すいません!!大丈夫ですか!?」
「…腰打った…」
「ご、ごごご、ごめんなさい!!」
「……」
反応がない。もしかして怒ってる…?
「あ、あの…?」
「……」
“ホントどんくさすぎて腹立つ”、とか思われてたらどーしよ。
「えと…自分で良ければ何でもやりますから、許してくれませんか…?」
「何でも、ね…」
私の言葉を聞いた佐藤さんの表情が一瞬、不敵な笑みを浮かべた気がするのは勘違いだろうか。
「とりあえずそこ、どいてくれるか」
「へっ?」
いまだ佐藤さんの上に股がったままの状況に気付く。
と、その時。
「ばばーん!!張り切って倉庫整理に来る山田!!」
「「……」」
「張り切って言いふらしに行く山田!!」
「ま、待てーっ!!」
なんとしたことか。佐藤さんの上に股がる私の姿。こ、これじゃあまるで…ッ!
私が佐藤さんを押し倒してる光景じゃないか…ッ!!
しかもそれをあの山田さんに見られちゃったもんだから。
あぁ…これはもう、確実に変な噂が流れたな…。
にしてもあの子、なんてタイミングで登場してくれちゃってんの。
「あ、あの…」
佐藤さんから離れつつあたふたする私。それに比べて佐藤さんは至って冷静だ。
「さっきの、本当だろうな?」
「さっき?」
「俺のために何でもやるって話」
「え、そんなこと言いましたっけ…」
「…」
「……」
「あぁ腰がイテー。しばらくバイト休むしかねーかな」
「わっ、わかりましたよ、従えば良いんでしょう!!」
「男に二言はねーな」
「いや、だから自分は…」
「なんか腕も痛くなってきたか?」
「だーっっ、もう!!わかりましたから!!」
佐藤さんはやっぱ意地悪だ。少しでも優しいと思った私の気持ちを返せー。
「お前は今日から俺の犬だ」
そんなこんなで佐藤さんのペット計画が始まったのである。