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□君はペット。
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結局、桃缶を佐藤さんに取ってもらい、二人でキッチンへ向かう。
それにしても、
「お前は今日から俺の犬だ」
の発言が気になる…。
私これから何されるんだろう…
まぁ、この心配事もつかの間だった。また別に、問題事があることをすっかり忘れていた。
「いやぁ、びっくりだよ!観月さんがそんなに積極的な子だったとはね」
キッチンに入るなり、ニヤニヤしながら相馬さんが私達を出迎えてくれた。
「佐藤くん、俺は応援するよ!」
「何の話だ」
「やだなぁ佐藤くんってばとぼけちゃって」
ここでようやく思い出す。
「や、山田さん…!!」
そういえば、私が佐藤さんの上に股がってるとこ、見られたんだっけ…!ってか相馬さんのまわりに黒い輝きが見えるんだが…。
「八千代、何か用か」
カウンターから、妙におどおどしたチーフがこちらの様子を伺っている。あの様子じゃあ、既に山田さんに聞いたあとだな。
「あ、あのね、佐藤くんが…そういう人でも…私は気にしないから!」
「俺を哀れみの目で見るな」
チーフと佐藤さんの話を聞いて気が付く。
あれ、もしかしてホモだと思われてるよね、これ。私のせいで佐藤さんまでホモ疑惑が持たれてるよね。
弁解しようとチーフに近付く。
「あの、チーフ、」
「観月くん!!気持ちは痛いほどわかるわ!!同性を好きになったってしょうがないわよね!」
あ、なんかチーフと一緒にされた…
「大丈夫よ!お互い頑張りましょう!」
はは…もう勝手にやってくれ…
休憩に入れば小鳥遊くんに
「女の子に飽きたらず男に手を出すなんてもう言葉が出ませんよ」
と言われ、
バイト上がりの時間が重なった伊波さんからは、私を避けるかのようになんとなく距離を置かれ、苦笑いされ。
種島さんは、直球に「佐藤さんとはいつからそんな仲なの!?」と尋ねられ。
店長からは「恋愛沙汰はやめてくれよ」と注意された。
はあ…ここまで行くとめんどくさい。人の噂も四十九日。ほとぼりが冷めるまでほっとこ。
それから1週間。
始めのうちは、私と佐藤さんが話をしているだけで、周りがひやかしてきたのだが、最近はめっきりなくなった。
相変わらず、佐藤さんは仕事中は鬼だけど、でもなんでだろう。佐藤さんに怒られても、全然嫌じゃない。むしろなんか心地いい。
…いや、決してMじゃないんだけど。
「何度言ったらわかるんだ。お子様ランチのリンゴうさぎは、ここに包丁を入れろっつの」
「えぇ?だって一緒じゃないですか」
「ちげーよ。ここをこうするから綺麗に見えるし失敗が少ねぇんだ。」
「おー。なるほど。」
「なるほど、じゃねぇ。お前、厨房経験ありなんだろ。りんごうさぎも作った事ないのか」
「だって自分は、喫茶店でしたし。サンドイッチとかカレーライスとかくらいしかメニューなかったんで」
そんな会話を佐藤さんと繰り広げていると。
「うーむ」
山田さんがキッチンの端の方で、腕を組んで考え込んでいる。
「観月さんが佐藤さんを押し倒した事はわかりましたが。佐藤さんは観月さんをどう思ってるんですか?」
なっ、なんだその質問は…っ。つか押し倒してないし!!
「なになにぃ?俺が休憩中に面白い事になってるね」
相馬さんが奥からひょっこり顔を出してきた。
「観月くん、店長が休憩取っていいって〜」
カウンター越しに種島さんが姿を現した。
「山田!サボってないで仕事し…。あれ?なんですか、皆集まって。」
小鳥遊くんまで登場。
「佐藤さん!観月さんをどう思ってるんですか?」
山田さんが聞き返す。
いやいや、ちょっと。見せ物じゃないから。なんで皆黙って見てんの。
「だから自分達は何もなくて…っ」
私の言葉を遮るように佐藤さんが口をひらく。
「観月は俺のペット。」
場の空気が凍りつく。
「ペット…?」
山田さんがきょとんとした顔をしてそう呟くと、周りも少しざわつく。なぜか伊波さんやチーフもそこにいた。
「ぷぷっ」
笑いを吹き出したのは相馬さんだった。
「あ、ごめんごめん。こんな面白い事滅多にないからさー」
こっちはちっとも面白くないっつの。
「ペット…!なんかいい響きです!」
「は!?」
なにを言いだす山田さん。
「山田もペットになりたいです!相馬さん!山田をペットにして甘えさせて下さい!」
言いながら相馬さんに近づいていく。なんだか意味合いが違ってる気もするけど…。
「山田に餌を与えてください!そしてなでなでしてください!山田、相馬さんに忠実な犬になりますよ」
「いやぁ俺は遠慮しとくよ…」
山田さんから徐々に距離を取ってゆく相馬さん。相馬さんはどうも山田さんには弱いらしい。
そんな中、空気を変えたのは店長だった。
「お前ら何してんだ。仕事しろ」
さすが店長、といった感じで皆が持ち場へ戻ってゆく。まぁそれ以外は店長らしいこと、ほとんどしてないけど。
「ってか皆の前で言うなんて何考えてんですか」
私はむっとした表情を佐藤さんに見せる。
「ほんとの事だからいいだろ」
「う…!」
相変わらず佐藤さんはしれっとしてる。
「そんな主人からペットに命令。明日の夕方空けとけ」
「えぇっ!?」
「バイト休みだろ?俺が四時上がりだから、終わったら迎えに行く」
「あ、あのちょっと…。意味がわかりません」
「おー。日本語苦手か」
「いやいやいや、じゃなくて。」
「授業終わる時間、メール入れろ。そしたら迎えに行く。」
「学校に来るんですかっ!?」
なんてこった。
訳がわからんうちに、佐藤さんと何やら約束してしまった。しかもどこに行くのかも何をするのかも明かされてない。
佐藤さん…何を考えてるんだろう…
どっ、どうしよ、
なんか緊張してきた…