わら半紙の裏のほう

□SHION
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これは、ちょっと山奥の、木造校舎でのお話です。
登場人物は、学校の生徒。

少年は、探し物をしていました。とてもとても重要な物で、これを見つけないと家には帰れないというほど、とてもとても、重要な物だったのです。

少女は、人を捜していました。
友達ではあるけれど、親友というほどではない。そんな女友達と、町で催される夏祭りに参加する予定があったのですが、彼女は待ち合わせ場所の図書室になかなか現れません。
とうとう、図書室の閉館時間を過ぎて、学校の門が閉じられてしまうかもしれない。そんな時間になってしまいましたが。
少女の友達は、待ち合わせ場所に現れませんでした。

そして少年は、まだまだ探し回っています。
そして少女も、まだまだ捜し回っています。
そして少年は、少女を見つけました。
そして少女は、少年を見つけました。

さて、二人がどんな会話をしたかは誰もわかりませんが、二人は夕日差し込む木造校舎の廊下を並んで歩き始めました。
もしかしたら、一緒に探しに歩くことにしたのでしょうか。もしかしたら、カナカナカナと寂しげな声の響く中を一人で歩くのは心細かったのでしょうか。
二人は、歩き続けました。



彼女は、来見野という名前でした。
彼女は、図書室に向かう途中だったのです。来見野は、今日の夜、来見野の親友と共に夏祭りへ向かう予定だったのです。
しかし、来見野が部活の片づけを終え、教室に荷物を取りに帰ったとき、突然、カナカナカナの合唱に不気味な音が混じり始めました。
それがどんな音だったのか、来見野にしかわかりませんが、来見野は嫌な胸騒ぎを覚えました。
教室の中が、夕日で、だんだんと赤みを帯びてきました。
早く、来見野の親友にこの違和感を伝え、早く早く、この学校を出て、早く早く早く、逃げ、早く早く早く早く早く!!!
来見野は、走り始めました。
図書室に寄る事もせず、内履きを履き替えることもせず、ただひたすら校門を目掛けて走っていました。
もう少しで校門に届く、と、来見野は速度を速めました。
突然でした。
何の前触れも無く、来見野の上半身は土に落ち、白いブラウスは血に染まり、大地はその血を吸い、来見野は走れなくなり、次には光が見えなくなり、温度が分らなくなり、ただひたすら、カナカナカナの合唱と、不気味な音が聞こえてくるだけでした。
さて、来見野が何を考えたかは誰にもわかりませんが、来見野は地面に顔をつけたまま、じゅず、じゅず、じゅず。と重い何かが土を削りながら遠ざかっていく音を聞いていました。
そうして、来見野は死にました。



二人は、校舎のすみずみを歩き終えてしまいました。
おかしなことに、宿直の先生も、いつも遅くまで残っている先生も、二人のほかに人間はいないようでした。
まず、少年が、おかしい。と思い始めました。
それを、少女に伝えようとした途端、カナカナカナの合唱のに不気味な音が混じり始めました。
それがどんな音だったのか、少年にしかわかりませんが、少年はそれに何故か安堵を感じていました。
生徒玄関前の廊下に、既に陽光は有りませんでした。
少年は、突然膝をつきました。それもその筈です。彼の腰に、少女の体躯からは想像できないほどの重い蹴りがめり込んでいたのですから。
腰の骨が砕け、バランスを崩した少年の肩を狙って少女が追撃を入れました。
次に、少年の肘が床に突き刺さるかのように、ごぎり、とおちました。その時に、肘が折れてしまいました。
少年の全身からごぎりごぎりごぎりごぎりと音が立て続けに生まれました。
さて、少年がなにを考えていたかは誰にもわかりませんが、物言わぬ少年にむけて、少女は息つく間もなく、信じられないほど重い蹴りと同じく重い拳を少年の肉と骨にぶつけ続けていました。
そうして、少年は死にました。



少女は、少年が死んでいくのを、静かに見つめていました。
少女は、何かを成し遂げた後の昂揚感を感じるでもなく、命が消えた喪失感を悲しむでもなく、皮袋に血がいっぱいつまったような、奇妙なオブジェとなった少年を、淡々と見つめたままで居ました。

ただ、自分がさっき殺してまわった先生達より、随分面白い死体ができたものだな、と考えていました。



少女はふわりと微笑みました。
その笑顔はとても、あまりにも安らかでした。

少女は、だれ一人として生きては居ない、校舎内で、自分ひとりきりの穏やかな幸せをかみ締めていました。







少女が、下足箱から靴を取り出そうと、靴のかかとを持った。
突然どこからか現れたのは、とてつもなく大きな爆音。
あれほど聞こえていた虫の声は、最早余韻も無く、その爆音は少女を打ち貫く。
「え……?」
少女は怯えた目で、一歩下がる。薄い背中が後ろにあった木製の古びた下足箱にぶつかる。
まるで、爆音に生気もなにもかもを奪われたかのような真っ白な顔で、少女は立ちすくむ。
「何?何なのこの音……誰、が、い」
誰が居る?と問うた声は少女の耳には届かず、ただ、爆音に呑まれて消えていく。

少女にそんな余裕はないが、その爆音はよく聞くと不気味な音だった。
幼子の鳴き声のような、ひぐらしの命の歌のような、死に絶える狼の遠吠えのような、身内の止まない咳のような、夢と現実の果てない諍いのような、硝子の砕ける断末魔のような。
その不気味な音はよく聞くと終わりを告げる音だった。

大きく見開かれた少女の両の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
恐怖の為か、呼吸も満足にできないようだ。少女はひ、ひ、としゃくりあげて首を振る。首を振って、この状況と、この止められない恐怖を否定する。この校舎内は、少女の世界は、やっとのことでひとりの静けさを手に入れられたのに。突然の闖入者によって、その穏やかな幸せが砕き消されてしまった、その事実を否定する。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!来ないで来ないで来ないで!!」
通学鞄は足下に落ちている。
少女は絶叫を上げながら、靴下のまま走り出す。
「私はこんな音知らないのに!知らないのに!追いかけてこないで!!」
少女は校舎を捨てるように走る。
空は完全に濃紺に染まり、浮かんだ月が星の光を殺している。
薄明かりの中、少女は何かに足を取られ、躓き倒れる。
起き上がろうと地面についたはずの少女の手の下に冷たい何かがあることに気づく。
来見野だった。
濁った目をして、大地に倒れている来見野の死体に躓いた事を少女は知る。
来見野の胴から下は少し離れたところに落ちている。来見野のブラウスは血が凝固していて黒く染まっている。
少女はいつもの癖で死因を確認する。
日本刀、もしくはそれに匹敵する鋭さの長物で一撃。それによる出血多量。
学校にある、自分が作った死体のオブジェとは随分手口が違う。
そこまで考えて、少女は走り出す。
音に追われている事を思い出した。

校門を抜け、山道を走る。
その様は野生動物のそれだった。
その様は捕食者に追われる小動物のそれだった。
音はまだまだ少女を追い続ける。

町から囃子太鼓が聞こえてくるかと思ったが、やはりそれも爆音に呑まれて消えたか。少女の耳には爆音だけが響いている。

そこに、進む先が見えたのか。
少女は、ガードレールに足を掛け、跳んだ。
そして、そのまま崖を落下し、ぐじゅり、と音を立てて潰れた。


 




さて、少女は最後に、自分の身が風を切る音を聞きながらひとりきりになりきれなかったことを思い出し、そして、少年の探し物は何だったのだろうと思い出し、そして、来見野と一緒に夏祭りに行く約束を思い出していました。
そうして、少女は死にました。



最後に爆音だけが。爆音だけが校舎に残ります。

いつまでも。

鳴き声のような命の歌のような遠吠えのような席のような諍いのような断末魔のようなその音は。

よく聞くと終わりを告げる音でした。







さて。犯人はだれなのでしょう。(こたえはあるのでしょうか)
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