05/30の日記

18:32
夏休み1
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図書室の貸し出しカウンターは、予想以上に情報収集に適している。
私はぼんやりとカウンターの椅子に座り、本棚を見つめながらそう考えた。
今しがた彼の同級生の女子生徒から聞き出した名前を反芻する。カタカナに漢字を当てて本名の字面を想像する。名前の音から性格や外見を空想する。
思わず口元がほころんでいるのに気づいた。
エンドウチヒロ。
随分可憐な名前だが、男子生徒だそうだ。
彼は、サキと同じく、魔法使いになりたい高校生だった。


「遠藤。悪いけど、延滞者から回収した本どもを図書室まで持って行ってくれないか?俺は部のほうで昼休みが空いてないんだ」
昼休み、一緒に顔をつき合わせて弁当を食べていた三谷が悪びれもせず言う。三谷は俺と同じく図書委員に所属しているが、その理由が「楽そうだから」というフトドキモノだ。本を愛する俺としては親友の愚考に怒りを感じずにいられない。
しかし、今日の昼休みにサッカー部長である三谷が忙しいのは本当だ。そして回収した延滞本を返却するのに、二人居る図書委員が二人揃って図書室に行かなければならない決まりはない。
「わかったよ。じゃあその報酬としてそのからあげはいただきだな」
弁当箱にあるおかずの中から比較的美味そうなものを狙う。
コンビニのサンドイッチから手を離し、三谷の弁当に素手を伸ばすと、プラスティックの箸に撃墜された。
「ふざけるな。これは俺のかわいい彼女が無い腕を振るって作ってくれた弁当だ。例え俺が作ったほうが百倍、いや千倍美味かろうと、お前に食わせるような――――」
ふと三谷は左手の腕時計に目を落とした。時計の針が指す時間は、集合時間スレスレだったようで「マズい。間に合わん」と言いながら、不味いらしい飯を掻き込んで慌しく席を立った。
料理人を両親に持つ三谷が「不味い」と言うと、その言葉は説得力をもつ。もしかしたら舌が肥えているだけなのかもしれないが、将来プロの料理人を目指す三谷が言うことだ。実際不味いのだろう。
それにしても、三谷も奇妙なやつだ。彼女を恋人にするとは、誰も想像しなかった。
「あら、遠藤君しかいない。三谷何処行ったか分かる?」
ひょっこりと顔を出したのは、三谷の恋人こと山野。頭はいい、運動もできる、人望は厚く、さっぱりとした性格、きびきびとした立ち振る舞い、そして容姿端麗。絵に描いた優等生な美少女だ。
しかし、ただ一つ手先が不器用という欠点、いや欠陥の方がしっくりくるか。とにかく、それさえなければ、彼女はどこまでも優等生なので、非常に惜しい失点である。ちなみに最期のは山野自身談だ。
「部長だからさ、先生に呼ばれて行ったよ。弁当の感想聞きに来たのか?」
「正解。ていうか、それしかないもの。日課みたいなものだしね……そう言えばそんな事言ってたかな。しかたない。放課後まで待つか」
お邪魔したわね。と言って踵を返す彼女を慌てて引き止める。
「あ、待ってくれ。あいつ、相変わらず美味いとは言わないけど、「かわいい彼女が作ってくれた弁当を他の男にはやれん」って言ってた。内心凄く嬉しいんだと思うぞ」
きっと三谷はこういう事を自分では言わない奴だから。お節介かもしれないけど。
……うわ、俺、なんか慣れないこと言ったぞ。言い終わってから気づいて慌てる。
そんな俺の言葉を聞いて、山野は一瞬何かを考えるように宙を見てから、それはもう、愉しそうに笑った。その頬は軽く上気していて、いつになく興奮しているのが俺にでもわかった。
「三谷は私にそんな事言わないのに、遠藤君には言うのね。ふふ、これから遠藤君に聞きに来ようかしら。教えてくれてありがとう。でも、やっぱりよろこんでたのね」
「え、やっぱりって」
「何?私だってそのくらいの事判るわよ。これでもほら、一応、三谷の彼女なんだから」
ああ、かもしれないじゃなくて、実際お節介でしたか。
満足げに笑いながら自分の教室に戻る山野の背中と、今頃体育教官室に居るであろう三谷に小さく呟く。
俺からつついておいてこう言うのもなんだが、惚気るなら他所でやってくれという気分だ。
しばらくして予鈴が鳴った。さて、何かを忘れているような――?

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