小説

□喧嘩
1ページ/1ページ


いつものように舌先三寸で丸め込み、奴に飲み代を持たせてほろ酔い歩く道すがら、真選組鬼の副長、と二つ名される奴に、好きだ、と言われたのは青天の霹靂という訳ではなく。

街角での言い合いにいつの間にか刺々しさがなくなっていたり、隣で飲みながら、ふとした時に目元を緩めてこちらを見ていたり。

同時に、そうでなければ良い、奴が口にしなければ良い、とも思っていた。

相手が同性という部分での躊躇いは特にはない。
江戸では別に珍しくもないし、自分の育った環境のためかそれとも性癖か、むしろ同性との付き合いのほうが多かった。

だが、奴はそうではないだろう。
病を持ちながらも、静かに笑って自分の思う道を生きた、綺麗な女が脳裏を過る。

それでなくとも、あれだけ女達に言い寄られていながら、なぜ自分に向けてそんな事を言うのかと、苦いような思いがあった。

断るべきだった。
もしくは、笑っていなすべきだった、と分かっていたのだが。
考えさせてくれ、と答えてしまったのは。

自分も、憎からず思っているからだ、ともう何度目かになる自問自答。

初めは何しろ斬り合いで、顔を付き合わせる度喧嘩をしてはいたが、別段嫌いという訳ではなく、むしろ何処か楽しんでいた。その内、その数回に一度の割合で、酒を酌み交わしもするようになった。

そして腐れ縁、と言えるほどにはお互いに、様々な事に巻き込んだり巻き込まれたりする内に、多くの物を背負って、なお真っ直ぐぶれずに進む背を、いつしか好ましく思っていた。

対してどうだ、自分といることが、奴と、その立場にとって、決して良く働くことはないと分かりきっているのに容易く揺らぐ。

苦く思うのは自分にか。

断りの言葉を携えて、飲みの誘いを受けたはずだった。

それなのに、店を出て、小雪のちらつく路地裏で、必死な風に抱き締められてしまっては。
偽った言葉も儚く溶けて。

悶々と考えていたことを当てられて、それでも、と耳に触れる息の熱さに泣きたくなる。

夏ならば暑い放せと言えるのに、と埒もない考えしか出てこない。

いっそ抱き締め返してしまいたい。

泣くな、と言われて雪だと咄嗟に誤魔化せば、手前の気持ちは誤魔化さずに教えてくれと言う。

自信過剰か、それとも自分が大根役者か。
どうにも笑えてきてしまって、考えていたのが阿呆らしい。

いい加減冷えた唇を合わせて、この喧嘩を終わらせようか。


end

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ