小説

□世界を敵に回しても
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特に約束をしている訳ではなかったのに、何の気紛れか、奴がふらりと屯所を訪ねてきた。

どうした、と聞けば、何となくだと言う。
別にそのまま仕事をしていていいと。

付き合い始めて数ヵ月、約束をしていなくとも会うこと自体はおかしくはないのだが。
自分が、空いた時間に万事屋に寄ることはままあった。

だが、こいつがそうやって来るのは初めてだ。

多少訝しく思ったが、仕事があるのも確かなので、そのまま放っておく。

事件や、何やかんやと関わるうちに、こいつはすっかりうちの隊士達とも打ち解けていて、あちらこちらから菓子やら果物やらをもらって来た。

それらを食べながら、部屋の片隅で寝そべって、積んである読み物をぱらりぱらりと読むでもなくめくっている。

屯所は仕事の場であるし、そうそう部外者を入れてよい所でもない。
言われるまま迎え入れる事もないのだが。

丁度、前に会ってからやや間が空いていて、何となく気に掛かっている頃だったので、どうも追い出す気になれない。

それを分かっているのかいないのか。

特に何かを話すでもなく、粗方の菓子を食べ終わった奴は、いよいよ本格的に昼寝を始めた。

それを見遣って、本当に何をしに来たんだと思わず溜め息が漏れるが、こいつの自由奔放さに今更何を言っても始まらない。
押し入れから上掛けを出して、被せた。

数刻が過ぎ、西日が障子越しに射し込んでくる。

仕事の切りも付いたので、茶を入れて戻ってくると、奴が丁度起き上がって、瞼を擦っているところだった。

眩しくて目が覚めたらしい。

飲むか、と茶を指して聞くと、奴はいや、いい、と言った。
そして、何事か言おうとするようにこちらを見て、やや逡巡した後、邪魔したな、と言って立ち上がった。

何だ、と聞いても、いやいや、またね、とはぐらかす。

そのときふと、どこからか猫の喚く声が聞こえた。
近頃、あちらこちらで騒いでいる。

雌猫を巡り、真剣勝負をしているのだろうか。

奴は動きを止めて、ぼそりと、羨ましいね、と言った。

それが何故か淋しげに見えたので、後ろから抱き寄せて、言いたいことは言え、と柔らかい頭を叩いた。

羨ましい、の理由を考える。

すると、奴はこちらに向き直り、そういう歌があるってだけだよ、とやはり何か抑えたように笑った。

いろいろと思う所はあったが、そうか、とだけ答える。

そして、明後日の夜行ってもいいか、と先程確認してきた暫く振りの非番の予定を告げた。

するとやや目を開いて、いいけど、猫がうるさいよ、と今度は素直に顔を緩めたので、ああ、そうか、と思う。

構わねえ、と言って口付けた。

猫に負けないくらい、好きだと言うから。


end.

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