小説

□苺とマヨネーズ家族
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「新八ィ、ちょっとこれ見るネ!」
「なーに神楽ちゃん。いいけど早く行かないと卵売り切れちゃうよ…って何コレェ!?…何か、ある人を連想するんですけど…」
「ふふふ、いいこと思い付いたアル!新八、コレ買うネ!」
「ええっ、神楽ちゃん!?ちょ、待ってよ、ってかそれ3日分の食費なんだけどォ!」

***

「マヨラ、これやるネ!どうせ今日もうち来るんダロ。絶対にソレしてこいヨ、じゃなかったら入れないアル!」

「…おう…、…する?」

いきなり屯所に来て、門の外から大声で俺を呼びつけたチャイナ娘は、紙袋を押し付けるや否や、でかい犬に跨がって通りを駆けていった。

止めようとしたのだろうか、全身ボロボロの眼鏡が引き摺られていて、遠くからすいまっせーんと叫んでいるようだ。

悪い予感しかしないが、がさりと紙袋を開く。

「…まじか」

色々と、驚かざるを得ない中身であった。

夜、屯所の風呂を浴びたはいいが、それを手にしてしばし動きが止まる。

チャイナ娘の思惑が、なんとなく分かるような気がしたが、逃げる訳にもいくまい。

意を決して、それを身に付けた。

***

「それで?風呂も入ってきたんだろ?何でんな大人しいの?普段は暑苦しいくらいだろーが」

「いや、まあ…つーか暑苦しいって何だ」

訪れた万事屋にチャイナ娘と眼鏡の姿はなかった。
てっきり、ちゃんとアレしてきたアルか、証拠見せろヨ、と公開処刑にされる物だと思って来たのだが。

しかし、やや拍子抜けしながらソファに座ると、飯食った?じゃあ早速、と万年床の和室に引っ張られた。

暑苦しい、の言葉に地味に傷付く俺をよそに、銀時の手は既に俺の着流しの帯に掛かっている。

というか、お前こそ何で今日に限ってそんな積極的なんだ。

そして。
俺の僅かの抵抗も虚しく、着流しの下から現れてしまったそれは。

マヨネーズ柄のトランクス(マヨリーン付き)。

「…ぶはっ!?あははははっ、ちょ、おま、何ソレ!?はははっ、ひー、腹いてえ、」

見た瞬間、銀時は大笑いした。
まあ、当たり前だが。

「…ちっ、てめえだって苺柄の履いてたりすんだろうが、」
「ぶくく、まあ、まさに今日履いてるけどね…ぶはっ、ほんと何ソレどしたの?いや似合うよ、うん、」

先程までの雰囲気はかけらもない。

ある意味で恋敵のような、チャイナ娘の目論見は多分これだろう。

裏付けるように、押入れの襖の中から、

「やったネ!作戦成功アル!」
「ちょ、神楽ちゃんしー!」

潜めているつもりらしいが、二人の声と物音が聞こえてきた。

「…あー、なるほど。そういうことね」
「…」
「んー、なんか気い抜けたな。とりあえず服着ろや、」
「…ああ」

子供らもいるのでは、今日は帰るしかあるまい。
やや久しぶりの約束ではあったが。

自分にとって真選組がそうであるように、銀時にとっての万事屋という繋がりに、易々と余人が入れるものではない。

だから、恋敵などという言葉は本当は当てはまるものではないのだ。

だが、服を着た俺をぐいぐいと玄関に押していくと銀時は、帰れ、ではなく、食料買ってこい、と言った。

「…は?」
「は?じゃねえよ、てめえのそのマヨパンツのせいで、うちの冷蔵庫がいま卵しかねえの。責任取って肉と魚と野菜買ってきやがれ。まだスーパーやってんだろ」

頭の中で、状況と言葉を繋ぎ合わせている俺の頭を、銀時がぺしりとはたいた。

「いいから。…川の字の、お父さん枠空けといてやっからよ、」

ゆるく頬を上げて、照れたように笑った銀時の顔は、少し泣きそうにも見えて。

思わず、口付けて抱き締める。

「…じゃあてめえがお母さんか、…いいな、」
「んー、定春の散歩も行ってっからなー。まあ、そうなんじゃね?ほら、早くしろ」

軽口を叩いて離れる銀時の顔は、普段通りに戻っていて、先程の表情はもう窺えなかった。

言い付け通りスーパーに向かったが、普段そうした場所で買物をしないからか、随分と時間がかかってしまった。

万事屋に戻ってみると、和室には布団が二組敷いてあり、銀時と子供達は銀時を真ん中にくっついて丸まっていた。

それは川の字というには少々いびつだったが、暖かそうだ。

とりあえず食材を冷蔵庫に突っ込み、もう一度和室を覗いて、やはり帰るかと襖を閉めようとした所で、ぼそりと銀時の声がした。

「…おけーり、おとーさん、」
「…起きてたのか、」

もぞもぞと寝返りを打とうとして、チャイナ娘の両足が上からしっかり乗っているのでできないようだ。

「まあな、つか遅えよ。よいしょ…ったく…重てえなー」
「…悪い、」
「…なんてな。こっちこそ、悪かったな。こいつに押し付けられたんだろ」
「まあ、な」
「にしても、ぶふっ、見物だったな、マヨパンツ」
「…」
「あーうそうそ、…お前の、そういうとこ、割と好きだよ。…ほらさっさとそっちに入れよ、」

どんな、顔をしてそんな言葉を言ったのだろう。
言うや否や、頭まで布団を被ってしまったのでわからなかった。

ただ、3人でくっついている為に少し空いている場所は、どうやら空けてくれているものらしい。

それはまるで、家族のすることのようで。

家庭など持とうと思ったことはないし、これからもそうだろう。

それでも、胸を暖めるものがある。

自分と境遇は違えど、家族の縁が薄かったらしいこいつも、そう思っているのだろうか。

その中に、自分もいるのだろうか。
不思議な気持ちになる。

チャイナ娘と眼鏡の布団を直してやり、真ん中の猫毛を軽く叩いて、狭い布団に潜り込む。
くぐもった声がした。

「…明日、非番なんだろ。…マヨパンツとか、洗濯のとこ出しとけよ。…お休み」
「…ああ、お休み」

晴れた空に翻る、苺柄とマヨネーズ柄。
そしてチャイナ娘に一応の礼と、何か欲しいものがないかを訊く。

悪くないなと思って、目を閉じた。


end.

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