小説

□ひな祭り
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今日も今日とて依頼のない、平和な昼下がり。
テレビを見ていた神楽が唐突に口を開いた。

「銀ちゃん、ひな祭りって何アルか?」

ジャンプから目を離してテレビを見ると、ひな祭りの文字と共に可愛らしい雛飾りが映っていて、神楽が食い入るように見ている。

しまった、今日はそんな日だったのか。

「ま、まあアレだ、人形遊びみたいなもんだ」

当たり障りなく答えるが、アナウンサーが、
「今日、3月3日は桃の節句。女の子の健やかな成長を祈って、雛飾りが飾られます…」

さらりと言ってしまった。
案の定、神楽はきらきらと目を見開いて、こちらを見た。

「マジアルか?うちも飾るアルか!?」

ああやっぱり。

「いやいや、こんなんうちにないからね。大体お前が女の子ってタマか」

つい軽口付きで返してしまうと、神楽は一瞬むくれたが、ぷいとそっぽを向いた。

「まあうちにそんなカイショーないアルな。ハナから期待してないアル。定春と散歩してくるネ!」

気にしていない風でぱたぱた走っていってしまったが、従う定春が案じるように鼻を鳴らしていて、しょげているのは丸分かりだ。

どうすっか。

洗濯物を抱えて、心配顔で様子を見にきた新八と、目を合わせて溜め息をつく。

「…銀さん、」
「…しゃーねえなあ。面倒くせえけど、いっちょやってやっか。あ、お前の家にはねえの?」
「残念ながら無いですねえ。貧乏だったからというより、姉上があんなですからね…。むしろ兜を欲しがってましたよ」
「ああ…」

苦笑いするしかない。

少し考えて浮かんだのは、昔は評判の看板娘だったらしいババア。

「下、行ってみっか」
「ああ、お登勢さんならあるかもしれませんね!」

階下で、店の開店準備をしていたお登勢を掴まえて尋ねる。

「雛飾り?持ってないねえ。嫁に来たときに持って来なかったからね。なんだい、探してんのかい」

怪訝そうな顔で聞き返された。

「まあな。神楽がテレビで雛飾り見て、うちにもあんのか、つってよ」
「神楽ちゃん、結局やっぱりいいって言ったんですけど、そのまま飛び出してっちゃって」
「はは、そうかい。そうさねえ、端切れや布だったらあるから、誰かに人形借りてそれらしくしてみたらどうだい」

「人形…」「ですか…」

かくして。

「だからって何で吉原に来てんですかアンタは!?」
「や、ここなら人形なんてたくさんありそうじゃねえ?」
「それ何か違う人形だからァァァ!」

「なんじゃ、主たち。何ぞ用か」
喚き声が聞こえたのか、月詠が現れた。

理由を話すと、ああ、それならちょうどいいのがあるから着いてこい、と手招きされた。

店の裏から入り、物置部屋のような場所に案内される。
月詠が取り出した箱の中からは、りかちゃん人形のような、可愛らしい男と女の人形が現れた。

「これじゃ。雛飾りは今飾っておるし、店の物だから貸してやれないが、これはこの前ちと壊れてしまってな。だが単に人形としてなら使えるだろう」

「えっ、かわいいじゃないですか。どこも壊れてないですよ?」
「おお、よさげだな。いいのか?」

新八が人形をくるくる眺めている。

「いや、本当は電池で動いて、アレコレしてくれるものらしいんじゃが…直せれば使ってもいいぞ」
「「いや、このままでいいです」」

全力で拒否した。

「良かったですね、銀さん」
「ああ、あとはちゃちゃっと飾り付けして…」

箱や布を抱えて、万事屋に戻ってきた。
幸い、神楽はまだ戻っていないようだ。

「だいたい神楽のやつ、普段はガサツな癖によー」
「まあまあ。結構女の子っぽいところあると思いますよ?傘の時とか」
「ったくよー」

軽口を叩きながら、お登勢にもらった端切れを取り出して、準備を始めた。
新八はお菓子の包装紙や厚紙で工作係だ。

何とか完成する。

「なかなかいい感じじゃねえ?」
「そうですね!これならきっと神楽ちゃんも喜んでくれますよ!僕、片付けておきますから、銀さんは神楽ちゃんを探してきて下さい」
「おー」

といっても、どこにいるのやら。
日の傾き始めたかぶき町を、公園などを見ながらしらみ潰しに歩いて回る。

大通りに出た所で、巡回中らしい土方に行き合った。

「よー」
「お前、さっきから何フラフラしてんだ」
どうやら巡回中、度々目に入っていたらしい。

「いや、神楽探しててよ、」
「…そういや、河原で見たな。30分位前だが」
「マジで?さんきゅ!」
意外な所から有力な目撃証言だ。

善は急げと踵を返すと、
「あ、ちょっと待て、」

何故か引き留められた。

「ん?」
まあ、俺も会えたのはちょっと嬉しいけど。
でもお前も仕事中だろう。

「…やる、」
「んん?」

何やら押し付けられたコンビニ袋の中には、3つほどの雛あられ。

「…煙草買いに行ったら売ってたからよ。今日はそういうの食う日なんだろ」
「…さすが、おとーさん」

土方の顔は気まずそうに眉が寄せられていて、何だか可笑しい。

「ありがとな。後で電話する、」
「ああ、」

袋をがさがさと騒がせながら今度こそ走り出した。

河原に着くと、神楽は定春と座り込んで、川に向かって石を投げていた。

「銀ちゃんのバーカ!どうせ私がスコヤカに育たなくてもいいアルなー!」

「バカはお前だ、風邪引くぞ」
後ろからお団子頭をぺしりと叩いてやる。

「銀ちゃん!べ、別にひな祭りなんて気にしてないネ!」
「あ、そうなの?せっかく雛人形飾ったのになー。じゃあ新八と俺とでやっちまおうかなー」
「!!おっ、女の子のためってテレビで言ってたアル!仕方ないから一緒にしてやるネ!おいで、定春!ほら銀ちゃんも早く!」
「わん!」

「へーへー」
言うやいなや、駆け出しそうだ。
現金なやつ、と呆れるが笑ってしまう。

途中、スーパーでちらし寿司の元を買って、新八と、雛飾りの待つ万事屋へ戻った。

「たでーまー」
「ただいまアル!」

新八が迎えてくれる。
「あ、お帰りなさい。ご飯も炊けてますよ」
「おう、ありがとな。ほれ、神楽、」

居間の机の上の、手作り雛飾りを見せた。

女の人形には、花柄や桃色の布を着物に見える様に巻き付けて、帯のように布を巻いてある。
男の人形には、青や紺色の布で同じように。

厚紙で作った杓子や扇子を張り付けて、屏風に見立てた厚紙に、きらきらした包装紙を張り付けて。

赤い布の上に座る人形の側、仕上げにさっき貰った雛あられを添える。
それなりにできたと思うのだが。

気になる神楽の反応は。

「…うわあ、可愛いアルー!」
頬を赤くして、前から横から、ぴょこぴょこ見ようとする。

昼間のように新八と顔を見合せて、今度は二人で笑った。

ご飯にちらし寿司の元を混ぜ合わせて、晩飯にする。

「銀ちゃん、新八、ごめんアル、ありがとうネ!」
「ううん、良かったよ。喜んでもらえて」
「身長とかも健やかに育つといいな」
「失礼アルなー!」
「もー、銀さん!」

神楽と新八の騒ぐ顔を見て思う。

何と言えば良いのだろうか。
むず痒いような、じわりと温かいような、不思議な気持ち。

むしろ今日、楽しんでいたのは自分の方かもしれなかった。

夜中。
雛あられを食べながらウノやらトランプやらで騒いで、そのまま寝てしまった神楽と新八に布団を被せてやる。

土方に電話を掛けた。

「おう」
「お疲れさん。まだ仕事か?」
「いや、ちょうど終わった所だ。…そういや今日、チャイナ娘は見付かったのか、」
「ああ、助かった、ありがとな。
…なあ、これからちょっと行ってもいいか」

何となく、今日のできごとを話したくなった。

それと。
少し多目に作ってあったちらし寿司を握り飯にして、夜食にでも持って行ってやろうと思ったので。

恐らく気難しい顔で、雛あられなんて可愛らしい物を買ってくれた礼に。

「…ああ、待ってる、」
土方は、少し驚いた気配と、笑ったような声で答えた。

夜道には綺麗な月が出ていた。
見上げて思う。

健やかに、なんて。
そんなんいつでも思ってるよ。

神楽も、新八も。
きっと、それぞれの道を歩んでいくまで、どうか一緒に笑って。


end.

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