小説

□トイレの中心で愛を叫べ!
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トイレに入ると銀八がいた。

「なんで教師がいんだよ、ここは生徒用だろ」
出入り口を塞ぐように立つと、眼鏡の奥で相変わらずの眠そうな目が一度ゆっくりと瞬く。
特別長い睫毛ではないのに、その銀糸の瞬きで甘い風がこっちに流れてきそうだ、 トイレだけど。

「漏れそうだったんだよ」
「じゃあ漏らせよ」
「え、多串君てそーいう趣味?」
「銀八ならアリだな」
「…お前って真面目な顔しててアレだよね…つーか先生と呼 べっつってんだろ」
「銀八が俺のことちゃんと名前で呼ぶなら呼んでやる」
「呼んでんじゃん、何その上から目線」
「ちげーよ土方だ、いい加減に覚えろよ」
「あー知ってる知ってる、多串団子郎だよね?」
「全然ちげーよ団子郎って何?!串繋がりか!」
「御手洗団子郎だったっけ?残念だなぁ先生は多串あん子の 方が好きです」

お前の頭が残念だとツッコミ入れんのもバカらしいので、面 倒くさそうにベルトをきゅっと嵌める姿を凝視する事にする。
今日もピンク色の可愛いシャツを着ていて、まあとてもよく似合うこと。
こんなに桃色が似合うオッサンなんて銀八しかいまい。
チラリと白衣が捲くれて見える腰のラインがいやらしい。

入学式で一目惚れ、
相手は年上で男でしかも教師、悶々と悩みに悩んで告白、
「あ、そうなの?とりあえずお前が俺より年上で女で、仕事 クビになっても一生養ってくれる生活力が出来たら考えてやる」 と俺が気にしていた事を全て言い、確実に前者2つは絶対ムリな難題をぶちまけられて玉砕、
一瞬女役なら銀八だろ、と考えたのはナイショだ。
かぐや姫か!と捨て台詞を吐いて涙目で立ち去った、甘酸っぱいを通り越して激辛だった青春の1ページが2年の頃。

でもこの想いは吹っ切れるような軽いものではなく、より一層悶々として迎えた3年目、とうとう銀八の受け持つクラスになれた。

用事を押し付けられ扱き使われ、あげくの果てにやきそばパ ンやらいちご牛乳を買いに走らされるのに、何故か罵られる毎日だ。
いや、決してドMでもパシリでもない。
俺が自ら臨んでやっていることだ。 たまに「さんきゅー」と笑顔で飴をくれるのが最高のご褒美 だったりする。

好きだ好きだ好きだ好きだ好きだー!
言えることならいつでもどこでも叫びたい。

「…えっち」
「?!は?!」
銀八はネクタイをだらしなく整えながら、座りが悪そうに眉 を寄せて睨みつけてきた。
目の前の鏡にもう1人白い姿が映る、二人も銀八が見れるとはなんて素晴らしい。
「何じろじろ見てんだよ」
「見ちゃ悪ぃかよ」
「多串君の場合は悪いな」
「何でだ」
「自覚してんの?」
「何を」
「お前の目、やべぇよ」
「は?瞳孔のことか?」
「そりゃいつもだろ。目は口ほどにも、ってやつ」
「物を言う?何を語ってんだよ」
銀八はスリッパをぺたぺたと鳴らして歩き水道の蛇口を捻った。
ジャーと洗面台に流水が叩きつけられる。
「もうずっとさ、入学式ん時からだよね」
「だから何?」
気紛れで心が読めず隠すのが上手い先生だから、真意を探るのが難しい。
「あれ、ハンカチねーや」
「…俺のあるけど、」
ポケットから出そうとして、
「これでいい」
「へ?!」
ぐい、とネクタイを引っ張られた。
ふきふきふきふき
紺色のネクタイが徐々に水分を含んで黒っぽくなっていく。
「オイィィ!そこで拭くな……ッ?!」
さらにぐぐっと引き寄せられて、

口と口がぶつかった。

え?

眼鏡がカチリと音を立てて一瞬くっついてから、ふ、と目線 が合う。
深い赤い濁りのない綺麗な瞳に、瞳孔かっ開いた俺の間抜けなツラが映り込んでいる。

「…ほんっと、拷問みてぇだお前の目玉」
「へ?!」

そのまま個室に引っ張られた。

え?え?え?何事?!
カチャリ、古びた鍵がスライドする音がどこか上の空で聞こえる。

え?え?えェェェ?
いいいいい今の何、何した銀八。
どう考えたって、世間一般に言う肉体的ファーストステップ である接吻という行為であるに間違いない、はず。
え、俺の唇にもしかして何か甘いモノでもついてた?!
さっき食べてたガムがちょっと甘かったから、そこに甘味セ ンサーが反応しちゃったのかな?!

「…予鈴まであと10分か」
何事もないような涼しい顔したいつもの銀八が、白衣の袖を チラっと捲くり時計を見る、 白い手首が綺麗だ。
伏せた銀の睫毛、ふわりと揺れる跳ねた髪が目の前で、甘い匂いが充満している。
トイレなのに。
興奮するのは何故、動悸息切れが激しい、

ドクドクドクドク

意味が分からないけれど、銀八が色っぽいことだけは分かる。

「そーいうわけで多串君」
「は、はい!」
どーいうわけだよ!!
「10分だけ時間をやる」
「……はい?」
まだ少し濡れた手で、銀の前髪を掻き上げた。
いつもは隠れる白い額がちらりと見える。
眼鏡の奥で瞳が笑う。

どくんどくんどくんどくん

ここはどこだっけ、俺の夢の中だっけ、夢想してんだっけ いやトイレだよな なんでこんなに銀八からフェロモンが出てるんだよ、いつも 出てるけど、今は近くにいるだけでおかしくなるヤバさだ、 薄く開いた紅い唇から真っ赤な舌が覗いて、ペロリと白い歯を撫でる。

全身の血が沸騰する

ここはどこだ、ラブホか、それともいやらしいDVDでも見てんのかな俺 いやトイレだよな

「ひじかた」
「!」
「10分で俺を落とせたら、考えてやってもいい」
「?!」
くい、湿ったネクタイを引っ張る手に力が入る。
銀八のさっき重なった唇が、俺の耳元ではぁと甘く息を漏らす。

ドクンドクンドクンドクン

「どんな手使っても、いいよ」

あんな手やこんな手やそんな手、それから手じゃないモノも使ってみて、 トイレの中心で愛を叫んでみました。

10分じゃ足りませんでした。

ここがトイレで良かったと、鼻血やらいろんな液体やらをティッシュで拭いて水に流しながら心の底から思った。


***

「CAOSU」のあぽ様より頂きました…!

先日差し上げたお話と交換こでリクエストさせて頂いてしまいました!
銀八先生のツンツンデレっぷりがもう、たまりません…(//∇//)
可愛いよー!!

海老で鯛を釣るってこういうこと…!

あぽ様本当にありがとうございます!

これからもどうぞよろしくお願いします!(*´∇`*)

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