小説
□熱量と衝動
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学校の帰りに坂田の部屋に遊びに行くと、ゲームをする事もあるが、特に何もしない事もある。
そんな時は互いに、本を読んだり、音楽を聴いていたりする。
端から見たら変な過ごし方かもしれないが、一緒にいるだけで何となく満足というか、同じ部屋でそうしている時間が好きなのだ。
今日もそんな感じで俺は雑誌をめくっていて、坂田はヘッドホンを耳に当ててベッドに横になっていた。
目を開けたままで微動だにしない。
見ていると、坂田がヘッドホンを外して寄越してきたので、耳に当てた。
聴こえてきたのは、あまり聴いたことのないアーティストだった。
流行りには詳しくない自分が知らないだけかもしれないが。
密度高く鳴る音に、不思議な歌詞を早口で歌う男の声。
嫌いではなかったが、よく分からなかった。
けれど、何となく坂田がぼうとしている理由は分かるような気がした。
何かに呑まれて沈むような坂田のイメージが頭に浮かんで、思わずヘッドホンを外して頭を振り払う。
「…ありがとな、返す」
気を悪くさせたのではないかと少し躊躇いながら、ベッドに座り直した坂田に渡す。
坂田は相変わらずぼんやりとしていた。
「…あー、うん。…なあ、俺、今ここにいるよな」
「…」
何を思っての言葉なのか。
うまく返事ができなくて黙った俺に、坂田は続ける。
「…や、別に深い意味じゃねえんだけど。なんかときどき、指とか体とか、違う奴のものみてえな気がすんだよな。…あー、よくわかんねえよな。わりい」
別段悲しそうでも、辛そうでもなく、もうぼんやりともしていなかった。
だが、坂田の言う感覚は、自分の中ですぐに理解出来るところにはなく。
だから、動いたのは恐らく衝動のようなものだった。
「…ああ、よくわかんねえけど。…こうしたらわかるか」
側に寄って、坂田の背中に緩く腕を回した。
「…うん」
少し驚いたらしい。体をやや強ばらせたのが伝わってきた。
「…じゃあ、ここにいんじゃねえのか」
そんな、子供のような理論で返事をすると、坂田が力を抜いた。
「…うん。…ぶ、土方すげえばくばくしてる、」
坂田が笑って、空気が緩んだことにほっとする。
「…うるせえよ。てめえもだろが」
「…そっか。ありがとな」
軽く頭をはたいて体を離すと、坂田は静かに笑った。
そして立ち上がって、ゲームしようぜと準備を始めたので、その話はそれきりになった。
けれど、俺は何となく。
今日の出来事を覚えていようと、思った。
end.