小説

□団扇(pixivより再録)
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陽の傾き始めた頃、ふらりと万事屋の戸を叩いた。

今日は珍しく見廻り後の予定が空き、もしいれば一杯どうかと誘うつもりだった。

「はいよーっと。あれ土方くん」

出てきた万事屋は団扇を片手に少し驚いたようだった。

「電話もなしに珍しくね? まあとりあえずあちいから上がれや」

「ああ、ちょっと予定が空いてな」

勧められるままに中に入る。

昼間の灼けるような熱さは和らいだものの、部屋の中は蒸し暑い。

「あーあちい。麦茶でいいか?」

「ああ」

冷えた麦茶の喉越しに息を付いた。

置かれたグラスは見る間に汗をかいていく。

「んでどーしたよ今日は」

自分の分も継ぎ足し、読み差しだったらしい漫画を脇にやって尋ねる。

「いや、少し予定が空いてな。飲みでもどうかと思ってよ。…チャイナ娘とメガネは?」

「あー道場で花火やんだってよ。まだ陽もたけえ内から行ってる。えーなになにもちろん奢りだよな?」

「…あんま飲み過ぎなきゃな。」

「よっしゃ。あーでも今外出んのあちいなー」

はたはたと団扇で扇ぎながら、網戸越しに窓の外を窺って言う。

外からの風か団扇の風かで、猫毛がそよいでいるのを見て、何となく万事屋の方へとソファを立った。

何時もの妙な着流しではなく白い甚平で、首筋と、相変わらず開いている胸元に汗が滲んでいる。

「んあ? …ふは、何見てんだよ」

こちらに団扇を向けて万事屋が笑う。

団扇を避けるようにして、首筋に顔を寄せた。

「…煽んな」

「ふくく、ばーか煽ってねーよ扇いでんだよ」

まだこちらの首の後ろ辺りを扇ぐ手を掴み、笑う口元に口付ける。

「…この後ひと風呂浴びる頃にゃ涼しくなんだろ」

「いやいやその前が暑いよね…って痛てっ」

そのまま腕を引くと万事屋はバランスを崩して椅子から落ち、二人で床に縺れる。

「…あーでも床冷たくて気持ちーな。つーかこんな暑いときに暑いことすんならクーラー買ってくんね?」

「…てめえにゃ扇風機で充分だろ。屯所に古いのがあったから今度やるよ」

「しかもお古かよ。まあくれんならもらっとくけど。」

上に覆い被さるような格好の万事屋の、額の髪の生え際に唇を寄せた。

汗の匂いと、かすかな甘い匂いに、欲情する。

「ったく…扇風機絶対だかんな」

苦笑した素振りで、唇を重ねてくる。

窓から入る橙色の日差しに、色素の薄い髪が染まるのを見ながら、舌を絡めた。


end

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