小説

□願い事
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「無病息災って、去年と変わんねえじゃねえか」
 俺の書いた短冊を摘まんだ土方に、やや苦笑ぎみに言われた。
「そうだっけか。あ、上持ってろ」
 笹の枝を紐で物干場の手摺にくくりつけながら返す。神楽が道端であれをやりたいと指を指し騒いでいるのを見た下のババアが、店の飾り用のを分けてくれたものだ。この時期にあちらこちらで見かける笹の大きさとは比べるべくもないが、四人分の短冊には充分だった。
「銀さん毎年そうですよね」
 新八にも笑われた。けれどその手の短冊を覗き見れば、今年こそ八位以上になれますようにとある。お前も毎年一緒だろうが。
「いいんだよ、こんなもん。適当で」
「もう、銀ちゃんはろまんがないアルな!」
 鼻をほじりながら返すと、神楽は途端に膨れっ面になった。じゃあお前はさぞかし夢のある願い事なんだろうなと思いきや、でかい短冊一杯に食い物の名前を連ねている。枝にくくってご満悦な様子だが、おいロマンはどこ行った。マロンの間違いじゃないのか。そんなことだろうとは思ったが。
 飯のついでに付き合わせた形になった土方を見て、聞いてみる。
「お前は?」
「……ん」
 大分迷って書いていた様子だったが、差し出された短冊に書かれた文字は『健康』のわずか二文字だった。
「人のこと言えねえだろうが」
「こういうのは苦手なんだよ」
 そういえば手紙も苦手だとか言ってたか。こいつらしいといえばらしかった。
「おら、満足したか。手でも合わしとけ」
 振り向いてそう言えば、新八と神楽は素直に目を閉じ手を合わせた。土方がちらりとこちらを見て、表情を緩める。
 適当にもなるってものだろう。例え願ったとしても得難いようなものが、こうして近くあるのに。
 笹に吊るした短冊が風に揺れるのを、しばらく眺めていた。

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