小説

□桃栗三年、柿八年
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「よう」
「おー」
 少し寄っていいかと電話があって半刻後。土方がコンビニの袋を片手に現れた。ここしばらく暑そうに肩に掛けていた制服の上着を今日はきちんと着ている。そんなところで季節の移ろいを感じる。
「お前またそのまま来たのかよ。着替えて来いっつってんだろが」
「今日はこの近くまで来てたんだからしゃーねえだろ」
 無駄に目立つ黒服でこんな所に来ていいのかと何度言っても聞きはしない。そして来て別に何をするでもない。するときもあるが。
 取り敢えず茶と手拭きを出して、そういえば、と部屋の隅に置いてある段ボール箱を指差した。
「柿、食うか」
「柿?」
 座った土方が、手拭きで顔を拭こうとしていた動きを止める。
「ああ、下のババアに貰った。知り合いから送られてきたとかでさ。箱一杯。まあちょっと訳ありなのばっかだけどよ」
 言いながら段ボール箱の方へ寄り、箱の中身を示した。立ち上がって歩いてきた土方が覗きこむ。農家の知り合いが、市場に出さないものを送ってくれたとお登勢は話していた。やや小振りであったり小さな痛みがあったりするものの、食すには全く問題はない。箱にみっしりと詰まっていた柿はようやく半分ほどに減ってはいたが、最近は自分が八ツ時につまむくらいだった。神楽も新八も初めはうまいうまいと食べていたのだが、さすがに毎日出てくるのには少々飽きたらしい。最近は、まあ一応ではあるが毎日三食を食べられているからかもしれない。
「食えるもんがあるだけでもありがてえよなあ」
 二人の様子と、ぼやくという訳ではないが思ったことを言えば、そうだなと土方が少し目を伏せて相槌を打った。
「俺もガキの頃、人んちの庭に生ってるのを失敬したことがある」
「ああ、やったやった。今の時期に貴重な食いもんだったよな。いま剥くから座ってろよ」
「おう」
 ややあって、居間の机の上に艶やかな山吹色の身を盛った皿を置いた。楊枝を幾つかの身に刺す。
「悪いな」
 土方が吸っていた煙草を灰皿で潰した。
「いや、むしろ食ってもらって助かる。うまいんだけどよ、柿って食い過ぎると腹下すんだよな」
「そうなのか」
 土方が無意識にか自分の手を腹にやったのを見て少し笑ってしまった。
「いや、食い過ぎるとだから。こんぐれえじゃ多分平気だろ」
 言いながら、一切れ頬張った。柔らかく、歯を立てればとろりと蜜が喉を滴り落ちる。旨い。異国のみならず異星の果物さえも近所の八百屋で買えるようになったが、やはり昔からあるもののほうが好きだった。
「……旨えな。柿、久しぶりに食った」
 土方も同じようなタイミングで、いつもより僅かに目を見開いて言う。こいつの目は静かなような時も、よくよく見ていると雄弁だ。
「な」
 特にテレビを見る訳でもないので、互いに楊枝と口を動かしている。俺は下らない柿談義を続ける。
「なあ、知ってるか。柿って生るのに八年もかかるんだとよ。桃栗三年、柿八年ってよ」
「八年か。なげえな」
「例えばこの種を土に埋めたとして、八年だろ。何してっかね。想像もつかねえよな。まあ多分、こうしてはいねえだろうけど」
 口の中の種を出して言った。それはごく普通に、当たり前に考えたらそうだろうということだった。互いに譲れないものがあり、立場も違う。むしろこうして特に意味もなく向かい合って柿をつつき合っている状況のほうが 、当たり前でないと知っている。そういう事を、突き付けられずとも知っていると先回りする癖がついていた。
「まあ、八年てのは育てにくい、身が生りにくいってのを言ったことらしくて、実際はそうでもないらしいけどよ」
 そう続けて、ふと土方の方を見ると目元をやや鋭くして、眉根を寄せていた。土方が楊枝を皿に置いて、無言で長椅子を立ちこちら側に来る。一挙一動を目で追っていると、顔が近くなって、唇が合わさった。舌が入ってきて絡まるがどちらも同じ味で、探っているのか探られているのか分からなくなる。わずかに残る煙草の苦味で土方の舌だと見当を付けて噛もうとすれば、ぬるりと逃げられて自分の舌を噛んだ。
「いて」
「あ?」
「いや、ちっと噛んだ」
 舌を出して見せれば食まれてそのまま、また口付けられる。多分、俺が言ったことに何かを返そうとしてくれているんだろう。けれど安易に、例えばずっと一緒にいるなどと嘘をつける奴ではないから、こうなるんだろう。土方の手が、太股のあたりに触れた。
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