小説

□猫と花
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「あー、疲れた。つかこんな山の中にはいねえだろ、さすがに」
「じゃあお前心当たりあるのか」
 瞳孔の開いた自分の顔と睨み合って数秒。ふんと鼻を鳴らして互いに反対を向いた。
 猫一匹を捕まえるのに丸一日右往左往して、結局なんの収穫もない。土方と二人、気が付けば町のはずれの山の裾野まで来てしまっていた。陽も落ちかけている。早く見付けなければと思う一方で、少しくらい休んでもいいだろうとも思う。昼からこちら、駆けずり回って大分くたびれていた。
 よっこらしょと手近な石に腰掛けた。土方も溜め息をついてみせるものの、同じように座り込んで煙草に火を付けている。やはり違和感があるなとその様を見ていると、じろりと睨まれた。自分の顔に凄まれても怖くもなんともないが、妙な気分だ。
 何故こんなことになったのか。源外の説明を聞いてもよくは分からなかったが、とにかく今、土方は俺の、俺は土方のなりをしていた。懐からチョコを出して摘まむ。すると土方も同じように違和感を覚えたのだろう、片目を眇めた。その様子に元の土方の面影が重なって見えて、思わず目を擦った。
「……大丈夫か」
 土方が口を開いた。けれど端的で、意味がよく分からない。
「何が」
「目。ゴミでも入ったか」
 つい小さく笑いが漏れて、舌打ちされた。こんな時にこんな状態で、人の心配をする。当たり前かもしれないが、中身は何も変わっていない。
「……ああ、うん、いや、大丈夫」
「どっちだ」
 曖昧な返事を返すと、口元を少し上げるのがやはり、らしいと思った。体は俺のなんだから大事にしやがれとか何とか呟きながら、土方は手元の黄色い花を手遊びしている。その名前はなんだったかと、遥かな昔、彼の人に教わった記憶を呼び起こす。
「……福寿草、か」
「ああ、これか。……タンポポよりはでけえと思ったが」
 頭の奥底から引っ張り出した名前を言うともなく呟けば、横顔がほんの僅か、もの珍しそうに傾いて花を撫でた。それを見ながらふと、勿体ないことをしたような気持ちになる。今の光景をあいつの姿で見たかった、と。
「……しゃーねえなあ」
「あ?」
 怪訝そうな土方には答えず、一つ息を吐いて立ち上がる。尻についた土と葉を払った。
「もうひと頑張りすっかねえ」
「何だ急に。……まあ、見付からねえとどうしようもねえけどな。主にてめえが」
「いやいや、あれ捕まえねえと戻れねえのはてめえも一緒だろ」
 それに、と続ける。土方が気をとられた一瞬、さっと口付けてやった。呆けた顔をするのが普段の自分の顔とそっくりで、おかしくなる。
「自分の顔となんかやりたかねえだろが」
「……は、違いねえ」
 かくしてもう暫し、猫探しは続く。

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