シド
□わらってみせて
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「うっわ邪魔」
げふん!
横腹への衝撃に噎せる。
背の高い男に手刀を喰らった。
「…かっわいくない」
私のリアクションに苦々しい顔をする。
彼は私を手刀で退かし、だるそうに向こうへ歩いて行った。
彼は紛う方無き幼なじみである。
同じ幼稚園を卒園して、同じ小学校、中学校、高校に入学をして現在に至る。
今みたいな、私が混雑した廊下の掲示板をじっと眺めていたら容赦なく暴力を働いて退かすといった行動は、決して珍しくない。
彼は昔からいじめっ子だった。
(痛い……)
わりと、普通に痛い。じゃれている、というレベルではない。
悶えるように脇腹を押さえて小さくなっていると、通りすがった男の子に声をかけられた。
「あれ?どうしたの?」
「あー、いや、友達に殴られて」
私はへらへら笑う。
この人は確か、隣のクラスのトキワヅ君。
そっかあ、大丈夫ー?とにこにこ笑う彼は、朝に出会うと必ず挨拶をしてくれる。特に面識も無かったのに、メアドを聞かれてから親しくなった。
トキワヅ君のみならず、私がへらへらニコニコ笑って愛想を振り撒いていれば、みんな、特に男の子は「かわいいねえ」とニコニコしてくれた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
適当に流して、さようならをする。
中学生になった頃から、不思議と男の子によく話し掛けられるようになった。
告白もされるようになった。
私は恋愛だとかがよく分からなかったから全て断ったけれど、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言えば、「ううん、俺こそ困らせてごめんね」と、みんな優しく笑ってくれた。
そんな優しい男の子ばかりに囲まれて、幼なじみの彼だけが私に辛くあたる。
「…しんぢ、うざっ」
歩きながら呟く。
不本意なのは、私が一番好きな男の子は彼だということだった。
昔から、気付けば隣で馬鹿みたいに笑ったり、ぼーっとしている幼なじみの彼は、知らない間にすっかり男の子になっている。
一度、階段を踏み外して落ちそうになったことがあった。その時たまたま其所に居て、私の腕を掴み助けてくれた彼の力の強さに、とても驚いたことがある。
そんな風に、ふとした瞬間に少しずつ彼の変化に気付いて、それに比例して、私は彼を唯一異性として意識するようになった。
あー。
可愛いとか、好きだとか、言ってくれる男の子は居るのに。彼は口を開けば悪態をついてくる。
なんで、どうでもいい人は笑顔ひとつで優しくしてくれるのに、好かれたい人には何の効果も無いのだろう。
そこまで考えて、はっとした。
そういえば、私は彼に愛想良く笑いかけたことはあっただろうか。媚を売るみたいな、可愛らしく見えるような笑顔なんて、していない気がする。