シド

□願えるなら
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「どうしよう、」

さっきから彼女はそう言ってばかりいる。
僕に助けを求めるように、若しくはそれしか頭に浮かばないかのように。

「どうしよう」

もう泣いてしまいそうだ。
少しの苛立ちを感じながらも、そんな姿さえ可愛いと思うのは病気だろうか。


彼女は、人のもの。


歯痒いとはこのことだろうかとぼんやりと思いながら、堕落。
結局彼女に弱いのは僕だ。
どうしても振り払えない。


「なにしたの?」

興味なさげに振る舞っていた僕は、やっと彼女に耳を傾ける態勢を作る。

彼女はいつもより不安定な声で、言った。

「私がね、悪かったの」

何を言うかと思えば、そんなことを言う。
どれだけ好きなのだろう、「彼」に勝てる気がしない。

「いやいやいや、説明になってないじゃん」

「そうだけど…結果的に、そうなる、から」

「…そう、」

「うん、私が悪かったの、」

悪かったんだけど、ちょっとね、ちょっとでいいから、優しい言葉言って欲しかったの。

彼女はぽつりぽつりとそう溢して、自虐的に、笑った。涙をひとつだけ溢した。痛ましい表情に、対応に困る。

「それで、俺に優しい言葉貰いに来たの?」

冷たい、かもしれない。
しょうがない、僕はそんなに余裕が無い。

「…そうなるかなぁ」

「………」

「欲張りすぎだよね。ごめんなさい」

「………」

何も言えなくなった。
何があったのか分からないけど、こんなにも弱い彼女を見ていて何もしないなんて出来ない。

ため息を微かに溢して、彼女に近い方の手で彼女の頭を軽く叩いた。
彼女が眉間にシワを寄せる。

「いつもね、」

頭に手を置いたままの僕に、彼女は虚ろに口を開いた。

「あの人は優しいけど、あの人以外はそれ以上に優しいの」

だから、あの人が冷たいと勘違いしてしまうと、彼女は言う。

僕は、間違ってると思いながら、まだ耳を傾ける。

「それでもやっぱり優しいから、嫌いになんないの」

「俺はあいつを優しいと思ったことないけどね」

「…そっか、」

彼女は笑った。

「みんなに言われる」

「…………」

何故か嬉しそうにする彼女を見て、分かった。

きっと彼女は、そんな危なっかしい彼との関係が好きなのだろう。
この感情は2人にしか分からない、それが特別で愛しいと。

それでも、弱い彼女は、今みたいにたまに優しさを貰いたくなるのだろう。
こんなふうに、僕を訪ねたりして。

しかもそれで解決するから、やっぱり今の状態を抜け出せない。


彼女もまた同じように、ある種の病気だ。


「…ありがと、解決した」

今度こそ笑った彼女は、俺に視線をしっかりと合わせて言った。

「俺なんもしてないし」

少し構うと、彼女はいつも勝手に自分で解決する。

でも、僕は知っている。

その少しの優しさが無ければ、彼女の心は崩れてしまう。


「じゃあ早く会いに行ってきなよ」

もう一度彼女の頭を優しく叩くと、彼女は嬉しそうに微笑んで返事をした。

「行ってきます」

あぁ、ほんとは泣きたいのは僕の方だ。
どんなに欲しがっても手にはいらない。
僕から、或いは彼女から、若しくは彼の手によって僕は彼女から離れる。

どうしても一番傍には居られない。


己惚れかもしれないけど、必ず彼女には彼以上の優しさが必要なのに。

それが僕であっても、彼が居る限り彼女は本当の意味で幸せであるとは言えないだろう。


ばたん、


彼女の出ていったドアの音が響いた。彼女が居なくなった部屋は心無しか温度が下がった。

微かに、彼女の甘い匂いが漂っている。



彼女が僕を一番に欲しがってくれるなら、もっと優しさをあげるのに。












願えるなら
君をこの腕の中へ。

(いけないことだろうか。)





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