Plastic Tree
□絶叫日和
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「XXXさんみたいな優秀な生徒が、授業中にどうしたの?」
「...寝不足で、しんどくなったので、休みに来ました。」
「あれま。」
気だるさも増す、天気の良い春の朝。
一時間目はなんとか受けたものの、ここ数日の寝不足がたたって、二時間目の数学2は諦めることにした。
養護教諭であるところの有村先生以外は誰もいない保健室は、日当たり良好でとても明るい。
日の光を知らないような真っ白の肌の養護教諭だけが不自然に黒く浮かんで見えてしまう。
「はい、これ書いて。」
「はい」
保健室利用者が必ず書かなければならない書類を渡し、養護教諭はいつものように、間延びしたしゃべり方で話しかけてきた。
「勉強しすぎて寝れなかったの?」
「いえ、援交していました。」
「えんこう!」
「嘘です。」
わざとらしく、えんこう!と驚いたリアクションで口にする。お茶目な表情で結構だ。この人は、自分の容姿が特別に綺麗だということを分かっている。ときどき、あざとい言動で、私たちのような幼気な女子生徒の心を揺らすのだ。質が悪い。
「僕も二日酔いで辛くて...奇遇ですねえ」
ふわふわ、へらへら、笑いながらこちらを眺める。
私は養護教諭の冗談に返事もせず、書類の「寝不足」、「授業を欠席する」などの項目に○を付ける。
「書けました。」
「一応、熱も計って」
そして、養護教諭は立ち上がりもせずに、事務机から体温計をひとつ投げてきた。
私はそれをキャッチして、養護教諭を責めるように一瞥し、大人しく体温を計る。
「XXXさん、こないだの課題テスト、学年で3位だったんでしょ?」
「...どうして知ってるんですか。」
「普通に、先生方に聞いた。すごいね、相変わらず。」
ぴぴぴ、体温計が鳴る。そっと取り出して体温を確認。私は記入済みの書類と体温計を持ってゆっくり立ち上がった。
「別に、普通です。」
「いやいや。成績優秀で眉目秀麗なんて、とんでもない。高嶺の花ですよ。」
「これ、書類と体温計です。」
「はぁい」
養護教諭の傍らに立ち、彼の黒髪を、白い肌を、丸い頬を、間近で見下ろす。
ああ、やっぱりだ。
私は戦慄する。
「...眉目秀麗は一般的に男性に対して用いられる言葉で、女性の場合は容姿端麗が妥当です。」
「あ、そうなんだ?」
「成績優秀で容姿端麗なら、才色兼備と言った方が簡潔です。」
「そういえばそうだねえ。」
書類を眺めながら穏やかに返事をする養護教諭の、横顔を見つめる。
長い睫毛のつくる影を羨んだ。
「.........だいいち、私は容姿端麗ではありませんし、」
「あれ?37.5℃って」
「眉目秀麗なのは、貴方です」
「............え?」
「......」
体温計を見つめていた養護教諭は、驚いたように私の方を向いた。
真っ黒な瞳を捉えたら、顔が熱くなってくるのがわかった。
また、私は、戦慄する。
恐いのだ。
「先生は、綺麗すぎます」
「......」
「まるで、この世のものではない気がして」
「......俺が?」
養護教諭はかなり驚いたのか、一人称が俺になった。
私は、ついに言ってしまった、などと考えながら、彼の綺麗な顔から目が放せないでいた。
「はい。」
「ええ?ほんとに?」
「......」
「嫌われてるのかと思ってたけど、よかった。」
そして、私にふわりと笑いかける。また、あざとい顔。首の傾げ方。私は、息さえ止まるような気持ちになる。
養護教諭は、一瞬、そんな私を嘲るような顔をした後、体温計を掲げて聞いてきた。
「微熱あるじゃん。」
「...はい。」
「寝不足って、どのくらい寝てないの?」
「ここ数日ずっと...二時間寝てるかどうか...程度です...」
「なんと」
そうして、養護教諭は右手を顎に添え肘をつき、しばらく私の足元の方まで視線を落として考え事を始めた。
長い「うーん」を20秒ほど聞いたら、不意に彼の視線が上がった。
「......」
「......」
そして、無言のまま私をじっと見つめる。私はどんどん怖くなってくる。綺麗すぎる。でも目を反らせない。
「......」
「......あの...?」
「...やっぱり、XXXさんみたいな美人が、きちんと規則通りに制服を着てたら、みんなにも良い影響があって助かるんだよね」
「...え?」
ダン!!!
突然、攻撃的な音が響く。
私は驚いて失語した。養護教諭が、蹴るような勢いで壁に足を着いたのだ。
しかも、私の足の間に。
「"スカートの丈は膝が隠れる程度"。」
座ったまま、右足だけを上げて私の足の間に滑り込ませ、壁に靴底を着けている。
「なにしてるんですか!」
羞恥と恐怖で固まる。この養護教諭の怖さは、こういうところだった。いつもへらへらふわふわしているけれど、突然狂暴になりそうな、猟奇的な雰囲気があったのだ。
相変わらずの綺麗な顔で涼しげに私を見上げて、飄々と喋る。
「この間たまたまテレビで見たの。女子高生の間で流行ってるって...なんだっけ...股...股ドン?」
「なんですかそれは!そんなの知りません!間違った情報です!」
「んー。もっと上だったな。」
「ひっ...」
養護教諭はすくっと立ち上がり、左腕を私の顔の横に、右手を私の腰の横あたりの壁に着けて、自分と壁の間に私を閉じ込めた。そしてさらには、右膝を私の足の間に滑り込ませている。
「スカート短くてもかわいいかもしんないね」
にこり。何時ものように、無害な柔らかい笑顔を浮かべる。
スカートは彼の膝のせいで、膝上15センチ、太ももまでたくしあげられてしまった。
「ちょっ...あの...有村先せ...」
「僕これでも養護教諭だから、なんでXXXさんが寝不足なのか、分かった。」
恐怖を煽るほど綺麗な彼の顔が、目の前10センチの距離にある。
吐息さえ唇にかかるような、とんでもない近さ。壁に押し付けられてしまっているせいで、逃げようもない。
「先生!頼みますから離れてください!」
「ショック療法です。」
「むりです!ほんと、」
「無理じゃないでしょ。XXXさんは優秀なんだから、言葉は正しく使わなきゃ。」
「ひっ...」
養護教諭の顔が少し近付く。鼻先が触れてしまいそうになる。
「きっとよく眠れるようになるから、素直に答えてね。」
ちがう、ふれるのは、
「僕が好きなの?」
わたしの気だ。
すきではありません!!
(すべて 恋患いの せい)
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