Plastic Tree

□ちちんぷいぷい
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わたしはとっても美しい!

「XXXちゃんてほんと顔だけだねえ」

なぁんて嫌味を言われたって、痛くも痒くもない。

「しょうがないじゃない、可愛く生まれたんだもの。何もできなくても困らないわ」

「だろうね」

隣に座って私を眺める彼だって、嫌味を言いつつもよく私を呼びつける。今だってバーに私を連れてきてのんびりとお酒を呑んでいるのだ。

私はお酒など飲めない。こういう場に向かないことこの上ないのだが、それでも彼は私を選ぶ。

理由は明解、私がとびきり可愛いから。

勉強も運動も特技も、なんにも要らない。生まれつきとても美しい私は、ただにこにこするだけ、ただそこに居るだけでちやほやされる。

もちろん、誰に対してもこんなに高飛車な態度をとるわけではない。私の上品な容姿を最大限利用するなら、おしとやかに、大人しく、優しくいるのが一番だ。

けれど、隣の彼だけは私にいつも嫌味を言うので、こちらも猫を被るのを止めたというわけだ。

でも、それでも彼は私と居たがるのだから、私の顔を以てすれば性悪も結構なんじゃない?


「もしブスに生まれてたらどうしてたの?」

そうして、また水割りを一口。真っ白な肌と艶々の黒髪とEラインの横顔。そんな質問をする彼だってとても美しい。さらには音楽の才能もあるというのだから、大層な人だ。

「さあ?私はちやほやされなかったことがないから、容姿の残念な女の子の気持ちは分からないわ。生まれたときから美しくなかったら、それなりに何かできたでしょうね。」

「ふーん。まあでも、XXXちゃんのその狡猾さは、器量良しで賢いってことでもあるかもね。」

「それはどうも。」

謙遜も何もないなあ、と彼がにこやかに呟く。今さらだ。

私の自信のすべては、私の容姿の美しさに因る。

保育園も幼稚園も小学校も中学校も高校も、先生は私を贔屓してくれた。周りの子も誰も文句を言わなかったし、なんならちやほや、優しく優しくしてくれた。

にっこり笑えば男の子はすぐに頬を染めたし、困った顔をすれば誰かがすぐに助けてくれたし、不機嫌だとみんながおろおろしたし、泣けば誰もが心を乱して私に寄り添った。

私は学生の頃まで、それが普通だと思っていたけれど、ある日ふと気づいてしまった。
さっきの質問ではないけれど、今まで1度も「かわいい」と言われたり、なにもしていなくても人が優しくしてくれたり、特別扱いをされたことがない人が存在するのだ。

それから私は考えた。容姿の醜い人達は、どういう気持ちなのかしら?
もし私がそうだったら、どんな気分かしら?

けれど、考えたところで全く分からなかった。それは、私の想像も及ばないことだった。

ただ自覚したことは、私の整った容姿は、特別価値があるということ。

勉強が苦手だってかまわない。
真面目にしている振りをすれば、先生は多目に見てくれる。
運動ができなくたって気にしない。
筋肉も日焼けも願い下げだ。
特技がなくたって問題ない。
そんなもので自己顕示する必要がない。
お喋りが苦手でも大丈夫。
にこにこしていればそれだけでみんな幸せそうにしてくれる。


私はとびきり美しい。
だから、なにも怖くない。

「じゃあ」

彼がまた口を開く。
私はジンジャーエールを飲んで視線を寄越した。

「もし、不慮の事故や奇病で醜い顔になっちゃったら、どうするの?」

「......それは盲点だったわ」

そして私は、真面目に考える。
確かに、確率はとても低いとはいえ、あり得ないわけではない。

「年を取って美しくなくなったらどうしようって、考えたことはあるの。私は老化で醜くなる前に死のうと思っているけれど...そうね...明日や、今日にでも、急にブスになったら...」

目の前に置いたグラスに写った自分の顔を見つめる。
白くてキメのととのった肌、大きな目、長いまつげ、高い鼻、赤い唇、さらさらの髪、小さな顔。これが、わたしのすべてだ。今はもう、美しくなければ意味がない。

「やっぱり、死ぬでしょうね。」

カラン、大きな氷が溶けてグラスの中で滑り、音をたてる。
一瞬、顔が歪んだ気がした。

「極端だなあ」

「そうかし」

ら?
まで、言い終わらなかった。
彼が私の頬を摘まんだのだ。

「......」

「んー、さすが。ほっぺ摘まんだくらいじゃ、ブスになんないね。」

にっこり。
酔っ払ってる?と思ったけれど、目がまだ座っていない。頬を摘まんだ指は熱い。

彼の手を払う。

「気安く触らないで」

「つれないなあ。こんなに仲良しなのに?」

「いつ仲良しになったの。有村さんは大勢の中の一人よ。」

「あはは」

何がおかしいのか分からないが、楽しそうなので結構だ。
彼は嫌味を言うけれどいつもにこにこしている。私は別に面白くなければ笑わない。猫も被らないから愛想も何もないし、私の顔だけが好きとしても、やはりなぜ私にこんなに構うのかわからない。

不信な私の視線に気付いたのか、彼はグラスを両手で包んで、あざとい仕草をしてみせた。

「俺、ブスになったらすぐ死ぬって、そんな潔さが好きなんだよ。耽美主義も快活で結構。自分で「私は顔だけ」なんて言うけれど、大丈夫。その拠り所の無さがか弱くて、かわいいよ。」

私は少し面食らった。彼は、今までこんなに私を褒めたことがなかった。
やはり酔っているのか、瞳がうるうる揺れている。綺麗だ。

「もし、今すぐにでも、XXXちゃんの顔が歪んでも大丈夫。アブラカタブラでも、ちちんぷいぷいでも、呪文ならいくつも知ってるよ。俺がまたとびきり可愛くしてあげる。」

「...ほんとう?」

私の声が少し揺れた。動揺していたのか、少し心もとなくなったのだ。
彼は私に同情し、その上慰めていたのだ。私は、人にはじめて同情され慰められていた。今まで私は自分のことを「可哀想」なんて思ったり、気弱になったことがなかった。
けれど彼は、あたかも私が「心許ない少女」かのように、「慰めるべき人」かのように言い放った。

困ったことには、不思議なもので、私は彼の慈愛に満ちた笑顔を見ていると、ほんとうにそんな気持ちになってしまった。

「ほんとだよ。」

もはや不安や心細さを抱えた私を優しくにこにこ見つめて、彼が猫を愛でるようにゆっくり言う。

わたしはどんどん、すがるような気持ちになる。私の弱点をどうにかしてくれるのは、彼だけだという気持ちになっていく。

「もし、呪文が効かなかったら?」

架空の話に真面目に質問するなんて馬鹿みたいだ。でも聞かずにおけなかった。

彼はグラスに付いた水滴を指で掬って、前を向き、私に横顔を見せ、伏せ目になって視線だけ微かに寄越した。
さっきまでのあざとい可愛らしさを一変させて、今度は憂いを帯びた色気を纏わせる。

「その時は、やっぱり、死ぬしかないかも。呪文が効かなかったら、責任持って殺すよ。」

声色は穏やかで、相変わらず優しかった。

「女の子は、清く正しく美しく。XXXちゃんと会う度、そう思うよ。一目見たときは、魔法がかかったみたいに綺麗な子だなあと思った。可愛くなれって、呪文をかけられて育ったみたいに。」

彼が、またこちらを向く。
綺麗な顔が、とびきりあざとく笑った。

「今でもそう思ってるよ。高飛車だってなんだっていい。俺が呼んだら、こうやっていつも可愛く隣にいてよ。」




ちちんぷいぷい
可愛ければそれだけでいい。


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