Plastic Tree
□孤独に死す
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ウサギは寂しくて死ぬことがあると小さい頃は信じていたけれど、「あれは真っ赤な嘘だよ」と教えてもらった。
また、そういう風に、何とも思わずに笑って、最悪。
私が平気なわけないでしょう。
貴方が居るときは同じ空間に居ることだけに意識が集中しているけれど、毒が体を廻るように、貴方が居なくなると、ゆっくりと肺から身体中が焼け焦げていく。
「ああ、あの子かわいいんだよねぇ。顔が好みだったし、セックスだけで後腐れなかったし、いい子だった。」
私はよく、彼が女性と居るところに遭遇する。
しかも彼は、遠巻きに知らない振りをする私に必ず気付くのだ。
毎回、目を合わせたら意味ありげに笑みを送る。
そして後日、言われるのだ。「なんで無視したの」。
無視も何も、話し掛ける方が異常だろう。だいたい、話し掛けてほしいわけでもないくせに。
その流れで、彼の口から「女の子」のお話を聞かなければならない。
可愛い?いい子?セックス?
ああ、ほら、また、細胞が死ぬ匂いがする。
じりじりと肺から、胸、指先、脳まで、きっとあっという間。
一度手を出したら後腐れしか残らないような、そんな哀れでめんどくさい私なんて、イイコであるはずないのだ。
出会った時からずっと、手すら触れてももらえない。
完全に眼中なし、そういえばこの人は面食いなのだったっけ。
"寂しくてもうさぎは死なないよ。"
でも、わたし、わたしは、このままでは、ほんとに死んでまうから。
「ねえ!」
だから全部捨てたの。
「XXX!」
手を捕まれた。
人混みの中、駅のホームを歩いていたから、びっくりして振り返った。
目を見張るような白い肌と真っ黒な髪、綺麗な人。
名前を呼んでいたのは、彼だった。
「りゅう、たろ、さん…」
「なんで!?」
彼は見たこともないくらいに切羽詰まっていた。握られた手が痛いほど彼は力を込めている。
「何が…」
言いかけて、はっとした。
私はこの人の前から、急に姿を消したのだ。
自宅までは知られていないのをいいことに、メールアドレス、ケータイ番号、さらには偶然に街中で会わないように行動範囲まで変えた。
もう会わないつもりでいたのに。
「さ、ようなら…っ」
会ってしまった。
焦って、手を振り払い逃げようとしたけれど、力が強くて叶わなかった。
「やっぱり、俺から、逃げようとするの?」
「え…」
彼が呟いた言葉に虚を衝かれて、つい顔を見上げる。
彼はひどく弱ったような、泣きそうな顔をしている。
この人は一体どうなってしまったのだろう。
彼がまるで別人のようで困惑している私に、彼はゆっくりと口を開いた。
「…最初に嫌な予感がしたんだ。送ったメールがエラーだった。」
「………」
「電話をかけたら繋がらなかった。訳がわからなくて、でも話すこともできないし。家は知らない、偶然会うこともなくなった。」
「……それは…」
「最初はなんでだろうって思ってたけど、途中から"もしかして"って考え始めて、でもそんなの信じられないし」
ゆっくりとした弱々しい口調から、だんだんと捲し立てるような、感情的な口調に変わる。
(な、んで…)
彼がひどく弱っている?
今までいつも飄々として私を追い詰めていたくせに、何故今さら?
訳が分からない。
どうしてそんな表情するの。
「見つけたとき、やっと会えたって思った。たった3ヶ月なのに、3ヶ月会わなかっただけで見つけた瞬間泣きそうになった。なのに、"さようなら"なんて、やっぱり俺から逃げてたの?」
捕まれた手が熱い。
私はひどく困っていた。
ああ、ほら、会ってしまうとやっぱり駄目なのだ。
心臓が痛い。どうしようもない。
「…ごめんなさい、わたし、もう会わないようにと思って」
「……」
「竜太朗さんが側に居ると、苦しくて死…」
言いかけて、言葉に詰まった。彼がそっと私の髪に触れて、耳に、首に、確かめるように移動する。
夢を見るような、ぼんやりした黒い瞳を見て気付いたのだ。
うさぎは寂しくても死なない。
私も、寂しくて死んだりしない。ただ苦しみに殺される気がしたのだ。
目の前でじっと私を見詰める彼が、そっと囁いた。
「もう居なくならないで…」
死んでしまうのは、
(貴方だったの。)
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