Plastic Tree
□観察希望
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未確認ナノダ。
最近、得体の知れない感情を体内に飼い始めた。
気付いたら肺の裏側辺りに住み着いたそれは、まだ姿を見せてくれない。
なにか、喜んだりするとうるさく尻尾を振って、その振動で僕に存在を主張する。
わりと気分屋で、体温はきっと高い。
僕は、体内に飼うそのペットがいったいどんな生き物なのか、気になってたまらないのだ。
なんだかもどかしく、煩わしく、擽ったい。正体を掴まなければモヤモヤと気色が悪い、そんな感覚がするペットである。
ああ、そう、名前はまだない。
「正さん」
ある女の子が僕の名前を呼ぶと、ソイツも反応して僕の心臓をトクトクと叩いて揺らす。
もしや、コイツの名前は、僕と同じなのか。
しかし、それもしっくり来ない。確かに体内のソイツは僕の本質をぎゅっと固めたみたいなイメージに近いけれど、"正"という僕自身の実体では無い。
「XXXちゃん」
僕がそうであるように、ソイツもある女の子が好きであるらしい。
僕が彼女の名前を呼ぶときは一際優しく笑うように、彼女に呼び掛ける時はソイツも体内でばたばたと暴れまわる。
彼女が意識から消えたときはまるで眠っているかのように静かなくせに、現金な奴である。
そしてソイツは面倒なことに、時に内側から僕の体を操作する。
つい、手を掴んだり。
髪をとかしたり。
抱き締めて、みたり。
気付けばそうしている。
体内のソイツが、そうさせている。
ああ、きっとその内、口付けさえ厭わないようになる。それではいけない、手を打たねば。
「最近、元気ないですね。どうかされましたか。」
ふわり。暖かい風に溶け込むような柔らかい微笑を浮かべる彼女が不意に問い掛けてくる。
どうしたのだろう、僕は。
「何だろう。分かんないなあ。」
「それは参りましたね。」
(……すごく、参るなあ。)
まさに今、参ってしまう。元気が無いように見えても、体内では、やはりソイツは心臓にじゃれつく。
「あつ、い。」
あつい、あつい、熱い。
肺や、脳や、目の奥。じりじりと熱を持ち始めて、ぼんやりとする意識に視界もぼやけ出す。
「…………」
瞬きをして視界をリセットした時には、僕は彼女の唇に噛み付いていた。
(………うわ、ほら、やっぱりだ。)
すっかりソイツの思うままに、半ば無意識に口付けてしまった。
そっと顔を離せば、目の前で動揺する彼女が息を詰まらせていた。
「……ほんとに、どうしたんですか…」
ああ、わかる。彼女が心臓を揺らしている。
僕 と 同 じ よ う に 。
「分かんない」
でも、やはりまだソイツの正体は掴めていない。
僕のペットはいったい、何がしたいのだ。
僕を使って彼女にじゃれつこうとでもしているのか。
しかし、コイツが抱いているであろう"彼女が好き"という感情と、僕の認識している"彼女が好き"という感情は、どうやら違うものであるらしい。
もっと黒く、重く、卑猥なのだ。
僕は彼女の頭を優しく撫でた。
「ごめんね。でもきっと、また何かするかもしれない。」
だけど、せめて体内に住むコイツの名前が決まるまでは、傍に居て欲しいと思う。
まだ観察を希望します
体内に恋心が住み着いた。
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