Plastic Tree

□あいゆえに
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今さら、なんだって言うんだ。僕が悪いのか?
いったい、どうしろと。


「ひねくれています」

彼女は僕にそう言った。まだ子供のくせに、生意気に。

「ひねくれ猫でも飼えばいいんじゃないですか。」

ひねくれ男はひねくれ猫と一緒に暮らすのが道理らしい。マザーグースで揶揄なんて、余計なお世話だ。


「ひねくれてない」

僕はいつもそう、一言返すだけ。子供をあしらうのは容易い。

「違う。」「そうじゃない。」「分かってない。」

いつもそう否定するように、彼女の僕に関する考察は凡そ外れていた。
僕はひねくれていなければ意地悪くもないし、天の邪鬼でも我が儘でもない。

だいたい、何年この性格で生きてきたと思ってるんだ。ひねくれているとか言うのなら、もうそんなの一生ひねくれたままだろう。

だから人付き合いに年の差は重要なのだ。
子供の考えることなんてさっぱり分からない。


ああ、それに比べて僕の素直さたるや!

全ての発言に嘘なんかない。そう思ったからそう言うんだ。



そんな、彼女との陰湿な日々を過ごして数ヶ月。



「ごめんなさい。」

いま、彼女は何故か、僕の部屋に訪ねてきて玄関先で謝っている。

隣人の彼女はお兄さんと2人暮らしをする学生で、社会人の僕はもうオッサン目前だ。

そしてオッサンはオッサンなりに人生山あり谷ありだったのである。
経験値が彼女より高いオッサン(僕)は、日頃は彼女の「ひみつ」に薄々気付いていた。

けれどわざと気にしないようにしていたし、それで巧く行くと思っていた。


それなのに、どうだ。
なんで彼女は目の前で泣きそうな顔をしているのか。さっぱりピーマンすぎる。

何処まで「ひみつの感情」が成長したのだ。なにこれ、「こころならメタモルフォーゼ」?

昨日までなんとなく彼女の気持ちを理解していたはずなのに、目の前の弱気な彼女がまるで知らない人のようである。

僕は意味がわからなくて、「めんどくさい」を顔に出した。


「いや…なに?」

混乱したまま聞いてみれば、ゆっくり彼女が喋り出す。

「わたし、ずっと嘘ついてて、だから、謝りに来ました。」

「また突発的な…えー、と。中入る?」

小さくなる彼女にそう言ったけれど、何も返事をしない。暫く動かないかと思えば、震える声で喋った。


「今朝、また嫌味ばっかり言って怒らせてしまって、ごめんなさい。」

「今朝?」

特に思い当たる節がなく、頭を掻きながら暫く考える。
そういえば今朝も、「無愛想」だの、「優しさがない」だの、その他もろもろ駄目出しを喰らった。

「別に、いつものことだし。」

「だから、わたし、…いつも嫌な顔されるって分かってるのに、言っちゃうから」

「うーん、怒ってねぇんだけどなあ。それより、急に何で?」

今さら何がきっかけで謝るのだ。そうなると、逆に何故今まで謝らなかった。
訳が分からない。


「……きっ、」

「き?」

口を開いたかと思えばまた黙った彼女。
難解な沈黙に、つい眉間にシワを寄せて凝視する。



「嫌いって、言われたから…」


彼女が泣いた。

泣   い   た   。


「はい?」

思わず目を見開く。
何この子、泣いたりするの?そういう繊細な子だったの?
混乱してまた訳がわからなくなった。

「誰が誰に?」

「今朝わたしに言ったじゃないですか」

「………んー…あー…いや?あー……言った、かも?」

(なんか変な汗が滲んでくる…。)

年下の女の子を泣かせてしまったのだ。
嫌いだなんて、言ったにしても冗談に決まっている。

困ってしまって頭を捻ると、彼女は涙を堪えながら言葉を続けた。

「嫌われてることは分かってましたけど、いざ言われると頭から離れなくて、気付いたらインターホンを押していました」

「うん…え、いや、」

俺、いつから嫌いになったんだ。

彼女の脳内では勝手にそういうことになっているのだろうか。
そう思ったけれど、訂正する間もなく彼女が喋る。


「わたし子供だから、つい意地悪してしまうんです。優しくないとか、ひねくれてるとか…嘘です」

「ああ…はい…」

「恐いとか、何考えてるか分からないとか、陰湿だとかは…ほんとですけど」

おい!
そう突っ込もうとしたら、その前に彼女が続きを口にした。

「でも、ほんとに言いたかったのは、それでも好きですってことで」

「……え、」

「好きなのに、緊張してどう接したらいいか分からないし。でも私から話し掛けないと関わりなんて何も無いし、だからいつも嫌味ばっかり言ってしまいました」

まさかの「ひみつ」の告白に虚を衝かれた僕を前に、彼女は息を詰まらせて眉間にシワを寄せながら、精一杯泣くまいと努めている。

(………うーん。)

なんだか、ひどく意地らしいではないか。
こんな顔もするなんて意外だ。


黙って話を聞いていると、まっすぐに僕を見返した彼女がとびきり胸をいっぱいにした顔で言った。


「ごめんなさい、だけど好きです。」

「…………」

彼女が両手で顔を覆った。表情が見えなくなってしまう。

まだよく分からないけれど、とにかく、僕は彼女が嫌いで彼女は僕が好きらしい。


むふー、と溜め息をひとつ。普段は憎たらしい子供だけれど、こんなに泣かれると居たたまれない。


「…まず間違ってるのが、俺はあーたを嫌ってはいないけど?」

「…嘘です」

「ほんとだよ、今朝言ったんだったらそっちが嘘。俺は嫌いな人とは口きかないし。」

「………」

(あ、)

指の隙間から潤んだ目が覗いた。何この生き物。

ちょっと可愛いかもしれない。生意気でなければ可愛いかもしれない。


「……そんなことで泣くんだ。」


なんだか哀れみを誘う、このひ弱で単純で、小馬鹿な感じ。
こんな表情をされるとこちらまで眉根が下がって参ってしまう。

ぽふん、と、彼女の小さくて丸い頭に優しく手を乗せた。


「いつもそうやってしょんぼりしてたら、可愛いのにな。」


そう言って微笑んだら、彼女は僕の腹部に拳を捩じ込んだ。

「うっわ……」

げふん!咳き込むほどの威力。攻撃されたお腹を押さえて前屈みになると、彼女は逃げるように玄関から出ていった。

がちゃん、バタバタバタ。

そして訪れた沈黙に感じる不条理。なぜ殴られたのだ。嫌味を言ったつもりはない。
なんなら"可愛い"って褒めたのに。


「もう何あの子、嫌い…」

では、ないけども。









愛故に攻撃

翌日、彼女はまた謝りに来ました。




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