magi 短編
□太陽に焦がれる
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オルバは太陽が好きだった。
昔から暇を見つけてはよく弟妹達と共に日光浴と称して昼寝をしたものだ。
自分たちがアジトにしていた岩礁は最早岩の砦と言っても過言では無いくらいに安全であったから、余計に安心していたからかもしれない。
いつも触れている水とは違う、暖かい光が寝ころんだオルバと弟や妹達をまんべんなく包み込んで、優しく触れてくる。それは、まるでこの世界の色々なことから守ってくれているような気がして、
オルバはその感覚が好きだった。
マグノシュタットから帰ってきたシンドバッドをはじめ、戦に出ていた八人将、それに旅にでていたアラジン、アリババ、モルジアナが帰国したその夜。
国王自身が開催した宴もそろそろ終盤にさしかかっていた。
宴も終盤を迎え、それぞれが自室へと向かっている。
オルバはその中に、自分が探している人物が居ないことに気付いた。
先程まで一緒に酒を酌み交わしていたのに、目を離した隙にあの人はどこかへ行ってしまったらしい。
左右見渡しても目当ての金髪は見えなくて、しかし、先ほどまで一緒に酒を飲んでいたのだから、少なくとも近くにはいるはずなのだ。
さて、アリババはいったい何処にいるのだろう。
首を僅かに傾げながら、オルバは宴の会場から離れた。
足が赴くのはとある岩場。そこを見つけたのは偶然だし、今は何ら関係もないはずだ。
なのにどうして足がそちらへ向かうのか、オルバには解らなかった。
海風というものは実に不思議だとアリババは思う。
潮が含まれているからか、多少のべたつきはあれ、慣れてしまえばそんなに気にならない。
生まれも育ちもバルバッドであるアリババにはそれは“慣れる”と言うより、ごく自然の一部のように感じるのだが。
シンドリアの海風はアリババの祖国であるバルバッドとは何処か似ていて、全く違う。
それが何なのかと問われれば返答に詰まるのだが、でもやはり、それでも「違う」と自分は言い切るだろう。
例え根拠が無いとしても、人に理解されなくとも構わない。
少し寂しい感じもするが、仕方のないことだ。
海風が吹き付ける岩場の比較的座りやすい岩に腰かけて、アリババは海を見つめてた。
「・・・、いた」
会場から少しばかり遠くにある、自分の目的地である岩場に誰かが腰かけている。 自分が今いる場所からはうっすらとしか見えないが、間違いない。
探し人が案外早く見つかったことと、彼がこの場所を知っていたことに妙に嬉しくなりながら、オルバは探し人ーアリババーに近づいていった。
「アリババさん」
後ろから呼びかけてもアリババは特別驚いた様子もなく振り返った。
この人のことだ、きっと自分が近づいていたことなどお見通しだったのだろう。
やはりアリババは凄いと尊敬せずにはいられなかった。
「どうした、オルバ?」
「いや、宴が終わったのに見かけなかったから、」
「探しに来た」と伝えるオルバにアリババは微笑んだ。
やっぱりこの子は、オルバは優しい子だ。
数年前は自分よりも低かった身長はいつの間にか抜かされていて、顔つきもとても精悍になった。
何も変わらない自分と比べるとたまらなく悔しいが、それでもどこか嬉しくなったのも本音。
僅かに面影を残さなければ、きっと誰だか解らないだろう。アリババ自身、再会した時、一瞬誰だか分からなかったのだ。
誰があの小さな子供がここまで成長すると思っただろうか、いや、思わない。
けれどそこはやはり年齢相応、オルバは精神面ではまだまだ子供っぽかった。
アリババと再会した時に見せた表情だって、子供が英雄に憧れているときと同じ眼だ。
自分だって幼い頃は英雄伝を好んで読んでいた記憶がある。
けれど、彼に何か特別なことをしたわけでは無いのにそんな眼を見せられては、すまないが少しばかり居心地が悪い。
それが照れ隠しに近い感情だというのも自覚はしていたが。
「ありがとな、教えに来てくれて」
「戻らないんすか?」
「あぁ。もう少しだけ此処にいるよ」
そう言ってアリババはまた視線を海に戻した。海風が彼の僅かに伸びた金糸をなびかせる。
その光景を見てオルバは言いようもない既視感に襲われた。
暗がりでも支障が無いくらい、アリババの髪は明るい金色だ。レーム方面で見られるような色とはまた違うが、オルバはどちらかと言うと、アリババの髪の色が好きだった。
思い出す、と言えば良いのかオルバには解らないが、それでもアリババの髪は自分が好きな太陽を彷彿させるのだ。
それに相俟って彼の笑顔もそう。
彼は男にしてはやや大きい目を優しげに細めて、笑う。
その瞬間、何か暖かいものに包まれていると錯覚させられるのだ。
日溜まりで眠っていた、あの時と似たような感覚が。
幸せだと、思っていたあの時の記憶が。
溢れてきて、止まらない。
「オルバ?」
「なぁ、俺も此処にいて良いっすか?」
恐る恐る。
そのような言葉がぴったりと当て嵌まる様子で聞いてきたオルバに、不思議に思いつつもアリババには別に断る理由はない。
微笑んで、そのまま体を横にずらして出来た、自分の隣のスペースを軽く叩いた。
「おいで」
その一言にオルバは何も言わずに、アリババの隣に腰かけた。
それから二人でしたのは他愛のない話。
やれ誰かが何をしただの、やれこんなことがあっただの。
アリババは時折あい相槌を打ちながらオルバの話を聞いて楽しんでいたし、オルバもアリババの話を聞いて、まるで壮大な冒険談を聞くかのように眼を煌めかせた。
「そこでガルダに噛み付かれて、……結局痕になっちまったけど」
左腕をさすりながら告げるアリババにオルバは一瞬傷が痛むのかと思った。
けれど彼の表情を見る限り、痛みでは無くて、きっと無意識のうちに手を当てていたのだろう。
オルバから見ても、アリババの腕に残された傷跡はとても痛々しくて、どこか彼に不釣り合いだと感じた。
細いわけでは無いけれど、決して太いとは言えないアリババの腕に刻まれた四つほどの傷。
まさに彼の腕を喰いちぎらんとした獣の噛み痕。
それに、一度その腕は折れたと聞く。
いったいどれだけの痛みを彼は乗り越えたのだろう。
それなのにどうして、こんなにも笑っていられるのだろうか。
ただ不思議で、仕方がない。
月が空高く、ちょうどオルバ達の真上に届いた。
どのくらい此処にいたのか分からないけれど、少なくとも数時間は経っているだろう。
宴は既に幕を閉じ 、あたりは静寂に包まれている。
そろそろ戻らないと弟たちが心配するだろうか。
「だいぶ話し込んじゃったな・・・、大丈夫か?」
「弟たち」と続けられたアリババの言葉にオルバは唸った。
確かにそろそろ戻らないと、とは思うが、出来ればオルバ自身はアリババと離れたくはない。 彼の話をもっと聞いていたいし、オルバ自身もまだ話したいことがあるのだ。
さて、どうしたものか。
「あ、そうだ。アリババさん、今夜俺たちのところで寝ませんか?」
「・・・?」
我ながら妙案である。
そうすれば自分はアリババとともに居られるし、弟たちだってアリババと話したいと思っているはずだ。
助けてくれたアリババのことをオルバをはじめ、たくさんの弟妹達が慕っているのだから。
「どうですか?」と言わんばかりに彼に向って首を傾げれば、まるで「しょうがない」と言いたげに肩を竦められた。
けれど、アリババの顔には笑みが浮かんでいて、案外乗り気だなと何処か他人ごとのように思ってしまう。
「それじゃぁアリババさん、行きましょうよ!」
「…っわ、ちょっ、待てって!!」
彼の仕草を了解の合図と取って、オルバはアリババの手を引いて立ち上がった。 急な動作に慌てながらもしっかり立ち上がったアリババを見て、そのまま手を引いて歩き始める。
「なぁ、オルバ」
「何ですか、アリババさん?」
手はしっかりと握ったまま、オルバはアリババの方を振り返った。アリババの手は暖かくて、下手すれば年下である自分の手より暖かいと思ってしまう。
よく心の優しい人は手が冷たいなんて言うけれど、それは間違いじゃないのか。
だって、この人はこんなにも優しい。
「今度、天気がいい日に皆で昼寝をしよう」
僅かに赤く染まった頬は、きっと今みたいに月明かりが無ければ分からないだろう。
けれど、生憎と月は隠れていない。 赤に染まった頬も、優しげに細められた眼差しも、オルバには、はっきりと見える。
「宮殿の中庭でも良いけど、俺のお気に入りの場所。連れて行ってやるよ」
夜なのに、とても明るいアリババの笑顔は、いつの日か感じたあの太陽そっくりで。
「お、良いっすねぇ」
握っていた手をぎゅっと、さらに強く握った。
アリババがぎゅっと握り返してくれる感覚を感じながら、オルバは口元がだらしなく緩むのを抑えられない。
嬉しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
「アリババさん」
「ん?」
「明日、晴れるっすかね?」
このシンドリアでは天候が変わることなどそうそう無い。 そのことを知っていて尚、アリババに訊いたのは。
「当たり前だろ!」
太陽が笑えば絶対に晴れると、柄にもなく思ってしまったからか。
眩しいくらいに笑うアリババの額に、オルバは静かに唇を寄せた。
翌日。
森を抜けたとある草原で、幸せそうな顔をして眠るオルバ達の傍に、これまた幸せそうな顔をして子ども達を見つめるアリババの姿があった。
end.