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□あなたは私の好きな味
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それは甘く、そして優しい…あなたの味はあなたそのもの――――――




「殿、見てください!
今日城下を散策していたら
珍しい食材が売っていましたよ!
夕食は左近が腕によりをかけて
作りますからね」

殿のために、と付け加えて
楽しそうに微笑んでいる
彼は佐和山城の主、石田三成の
重臣、島左近だ。

「ほう…確かにここら辺ではあまり見ない食材ばかりだな。
だが、別にお前が作ることは
ないんじゃないか?」

「何を聞いていたんですか、殿。
俺は殿のために作りたいって言ったんですよ?
他のものが作ったんじゃ意味ないじゃないですか」

「は、恥ずかしいことは二度も言わんでいい!!
お前の言い分はよくわかった。
まあ、お前の料理にも興味あるしな…」

確かに、左近が作らずとも侍女や
女中に作らせればいい。
しかし、どうしても左近は三成に
自分の作る料理を食べてもらいたかったため、一歩も引かない。
先に折れたのは三成だった。
「さて、包丁を持つのはもう
何ヶ月ぶりですかねえ…」

「な、そんなことで大丈夫なのか…?
怪我なんてされたら困るぞ…」

「大丈夫ですよ。もともと腕に自信はあるんで。
それに怪我をしたとしても戦場で太刀を振り回すのとでは違いますからね。
そんな大きな傷にはなりませんから」


時間もそう立たないうちに、もう
台所には美味しそうな匂いが立ち込めてきた。

自室に戻ろうとしていた三成も、
その香ばしい匂いにつられ、また台所へ足を運んでいた。

「左近、本当に料理できたんだな…。
あんまり匂ってくるものだからつい来てしまったぞ」

「おや、食にはあまり関心のない殿が
見に来てくださるなんて、光栄ですね」

「む…なんだ見ていては邪魔だとでも言いたいのか。
それに関心がなくともこんなにうまそうな
匂いがすれば気になって来てしまうだろう」
「ハハッそれは嬉しいですねえ。
作るのは本当に久しぶりだったもので、
けっこう心配してたんですよ?
でも、殿がそう言ってくれるなら安心だ」

「あくまで匂いの話だがな。
味はまだ食べてないからわからん。
もしまずかったりしたら3日間
口きいてやらんからな、覚悟しろ」

「それは嫌ですね…そんなことになる
つもりはないですが、…あっ」


三成と楽しそうに話ながらも、左近は手を止めずに
料理を作っていた。
そして、ふいに三成の方を向いたとき、包丁で
自分の指を切ってしまった。

「左近!大丈夫か!?
怪我をされたら困るって言ったのに…っ…」

三成は咄嗟に左近の包丁で切れた人差し指を口に含んだ。

「と、殿…!
殿にそんなことしていただかなくても
大丈夫ですから、離してください…!」

「少し黙っていられないのか。
応急処置だ…いちいち慌てるな、馬鹿者が」

「…もう本当に大丈夫ですから、離してください。
もし離してくださらないなら、もう応急処置
では済まないことまでしちゃいますよ」


「はあ…鉄の味がする。
苦いんだか酸っぱいんだかわからん」
「何言ってるんですか、勝手に殿が
舐めたんでしょう?
それに、俺は血の味じゃなくて料理の感想をお聞きしたんですが?」

左近は苦笑しつつ、今はもう血が止まった
指をじっと見つめて、もう一度料理の味の
感想を尋ねた。

「…今まで食べた料理の中で一番うまい。
これからは他のものが作った料理なんぞたべられんな」

三成は、左近の血と左近の料理はどこか似ていると思った。
苦いだけでも酸っぱいだけでもなく、どこか甘さを感じた味。
ただ美味しいだけではなく、優しくて
愛しさが溢れてくる不思議な味。
どちらも三成好みの味だった。
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